両親の寄付額はトータル4000万円以上

「親の寄付額は4000万円以上」「家は宗教ハウス」・・・長井秀和が今だから語れる創価学会の「宗教2世問題」_2

ーーその後、お父様は熱心な信者になられたんですか?

そうですね。反創価学会から一転、「命預けます」みたいな感じになって。父親は職を転々としていたんですが、あるときから創価学会の聖教新聞販売店で仕事をして。それはある意味、“学会公務員”みたいな立場なんです。そこでは学会の選挙活動や政治活動をするのが裏テーマの仕事です。

――昨今は宗教団体に対する巨額な献金なども大きな問題になっていますけど、ご両親は寄付されていたんですか?

3桁以上、つまり100万円以上寄付するときもあったと思います。結局40年、50年やっていますから、献金だけでトータル4000万、5000万円ぐらい。

ーーすごいですね。そんなにされているんですね。

昔、実家が古かったときに、お風呂がやや旧式だったんですよ。つまみをカチカチ回して種火を点けるっていうお風呂でね。ちょっと古いし変えたらいいよって、おふくろに300万円あげたことがあって。

でも、半年後に来てもまだカチカチやってる。だから「あのお金はどうしたの?」って聞いたら「300万円はもう先生に、創価学会に寄付したわよ」って言われましてね。よかれと思って親に出したお金も簡単に寄付しちゃうんですよね。山上容疑者の母親ほどではないですけどね。

ーー子どもながらに家庭での負担は大きいと思ったりしましたか?

やっぱり学会活動が優先。特に選挙期間になると、時間も手間もかかってくるので、プライベートがあまりない。創価学会は、今は会館が各地にあるんですけど、昭和50年代くらいだと、有志の人が大きめの家を作ったりして、そこを創価学会員用に開放するんですよ。

個人会館って言い方をするんですけど、我が家は私が7歳ぐらいのときに3階建ての「宗教の館」に変貌しまして。3階がぶち抜きで道場みたいな集会所。2階と1階が住居なんですけど、1階も応接室みたいになっていて、学会員の幹部の人とかが来たりするんですよね。

そうなると、いつも家の中は他人だらけでした。2階に自分の部屋があったんですが、自分の部屋に帰ったら学生が5人ぐらい輪になってしゃべっているっていう。それを見て、「ああ、やっていますか……」って言って1階に行くっていう。