現在の部員は28人。OBのサポートも

小松が打ち出すビジョンに、少しずつ賛同者も増えてきた。昨年の反発の影響も少なからずあり、22年の新入部員はわずか3名だったが、上級生を含め部員28名が監督の想いに乗ってくれるようになってきた。

さらに、現役プロの協力も変革を後押しする。14年にポイントガードとしてウインターカップ8強に貢献し、今はBリーグの秋田ノーザンハピネッツでプレーするOBの長谷川暢が、今年7月にテクニカルアドバイザーに就任。定期的に母校へ足を運び、指導するようになったのである。

最後の日本一から15年。体育館は今…

少しずつ、新たな色が混じろうとしている。

小松が監督となった21年から、インターハイ、ウインターカップも2年連続で出場し、最低限の面目は保てている。日本一から15年遠ざかっていても、やはり能代という街は、このチームを気にかけてくれているのだと、肌で感じ取ることができる。

「だから『負けたら大変だろうな』って、そこのプレッシャーはあるかもしれないですね。まあでも、勝敗は後からついてくるものですし、やれることをやるしかない、と」

能代科学技術の全体練習は16時から18時半まで行われている。今でも体育館をオープンにしており、見学は自由だという。

ダム、ダム、ダム。

バスケットボールの音が、体育館で規則的に、時に不規則に反響する。

緊張感はあるが静けさに包まれているわけではない。選手たちには笑みがある。実戦練習でゴールを決めればガッツポーズも出たりと、コートで活気を漲らせている。かつての能代工とは違う風景が、そこにはある。

「今までのいいものは残しながらも、少しずつ時代に合わせていきたいと思っていますから。全員に受け入れられることはないかもしれないですけど、でも、今の私にできることはそれしかないんです」

高校バスケ、あの能代工は今。校名変更、外様監督への反発、新部員3人…現監督の奮闘「私は何を言われてもいい。でも」_6
体育館に飾られた能代工時代のユニフォーム
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伝統に縛られず、温故知新の精神で改革を施す。それでも、反発があるかもしれない。

「能代工業のバスケットボール部を、何もわかっていない」

そう非難したい人もきっといる。

今はそれでいい。

能代科学技術のバスケットボールを知る時間は、これからいくらでもある。

(終)

取材・文/田口元義

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9冠無敗 能代工バスケットボール部 熱狂と憂鬱と
著者:田口 元義
高校バスケの名門・あの能代工は今。校名変更、外様監督への反発、新部員3人…現監督の奮闘「私は何を言われてもいい。でも…」_10
2023年12月15日発売
1,980円(税込)
四六判/336ページ
ISBN:978-4-08-788098-4
のちに日本人初のNBAプレーヤーとなる絶対的エース・田臥勇太(現・宇都宮ブレックス)を擁し、前人未踏となる3年連続3冠=「9冠」を達成した1996~1998年の能代工業(現・能代科技)バスケットボール部。

東京体育館を超満員にし、社会的な現象となった「9冠」から25年。
田臥とともに9冠を支えた菊地勇樹、若月徹ら能代工メンバーはもちろん、当時の監督である加藤三彦、現能代科技監督の小松元、能代工OBの長谷川暢(現・秋田ノーザンハピネッツ)ら能代工関係者、また、当時監督や選手として能代工と対戦した、安里幸男、渡邉拓馬など総勢30名以上を徹底取材! 
最強チームの強さの秘密、常勝ゆえのプレッシャー、無冠に終わった世代の監督と選手の軋轢、時代の波に翻弄されるバスケ部、そして卒業後の選手たち……
秋田県北部にある「バスケの街」の高校生が巻き起こした奇跡の理由と、25年後の今に迫る感動のスポーツ・ノンフィクション。

【目次】
▼序章 9冠の狂騒(1998年)
▼第1章 伝説の始まりの3冠(1996年)
▼第2章 「必勝不敗」の6冠(1997年)
▼第3章 謙虚な挑戦者の9冠(1998年)
▼第4章 無冠の憂鬱(1999年)
▼第5章 能代工から能代科技へ(2000-2023年)
▼第6章 その後の9冠世代(2023年)
▼終章 25年後の「必勝不敗」(2023年)
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