彼と出会って「先入観を持たない」ということを
自分のルールにした

演技をする人に神様のように尊敬されている名優中の名優。『タクシードライバー』(1976)で国際的に知名度を上げましたけど、初めて見たときはびっくりしましたね。それまで映画で描かれてきたような綺麗なニューヨークじゃなく、麻薬や売春といった裏の顔を見せられるなんて。デ・ニーロが演じたトラヴィスのキャラクターも強烈でした。

作品によってまったく違う顔を見せるのも彼のすごさ。『レイジング・ブル』(1980)では、鍛え上げた肉体でボクシングのチャンピオンを演じただけでなく、27kgも増量して引退後の姿も表現していて驚きました。体重の増減はつらかったらしく、ご本人は「もう二度としない」とおっしゃっていましたが。

初めて会ったのは『レイジング・ブル』での来日時。演じた役柄の印象から、みんなにおどかされたの。「気難しいと思うから、きっと通訳やりづらいぜ」って。でも実際に会ってみたら、恐怖感なんか全然感じさせない優しい人でした。そのときから、俳優の通訳をするときは、「絶対に先入観を持たない」ということを自分のルールにしました。

普段はとっても寡黙で、インタビューでは何を聞いても「あー」とか「うー」とか言って、自分のことを表現するのはすごく下手な人で驚きました。きっと、彼自身は真っ白いキャンバスなのね。役をもらったときにキャラクターを描いて、色付けしていくのだと思います。役になるとどうしてあんなに存在感を出せるのか。天才というものは不思議なものね。

ご家族を京都や箱根にご案内したこともあるくらい、プライベートでも親しくさせていただきましたが、街中で彼に気づいた人は誰もいないの。いつもキャップを被っていて寡黙だから、全然目を引きませんでした(笑)。