黒澤明監督の撮影現場で…
公私ともに仲良くしているリチャードとは、『アメリカン・ジゴロ』(1980)の来日時に初めてお会いしました。もう40年以上も前ね。彼はマジに仏教徒なので、日本に来る一番の目的は京都のお寺めぐり。それも観光客が行くようなところには全然興味がなくて、ひなびた地味なお寺ばかり行くの。
仏像にも造詣が深く、また目利きなのよ。京都の新門前通(しんもんぜんどおり)にお気に入りの骨董品屋があって、「この仏像は〇〇時代のものだ」なんて彼が言うので、おじいちゃん店主が「このアメリカはん、よく知ってはりますね!」と驚いていました。
黒澤明監督の『八月の狂詩曲(ラプソディー)』(1991)に出演したときは私がそのきっかけをつくり、現場にも何度か同行しました。アメリカの俳優は監督に対して自分の意見を言うのが当たり前なので、リチャードも撮影初日、あの黒澤さんに「ここは僕の解釈では……」と切り出した。
巨匠・黒澤さんに意見を言う俳優なんか皆無ですから、その場にいたスタッフ全員がサ〜ッと後ろに引いた。その場の光景を彼は今でも友人たちに笑いながら語り聞かせています。幸い、黒澤さんのカミナリは落ちず、笑って受けとめてくださったので、皆ホッとしましたけど……。
見るべき1本をあげるとなると『愛と青春の旅だち』(1982)かな。鬼軍曹にしごかれて感情を爆発させる場面など、いつもカッコいい二枚目を演じる彼としてはめったにないシーンでした。
語り/戸田奈津子
アートワーク/長場雄
文/松山梢