誰もが被害者にも加害者にもなりえた
「初めて関口被告の裁判でのやりとりを見たとき、『ああ、この人もまた本当は小さな頃に手厚いサポートが必要な子どもだったんだ』と気づきました。裁判官から質問されたことに対する返答が的を得ないシーンも多々ありましたし、元々は内気な性格で、イジメを受けたこともあったと裁判で明らかになっています。また親との関係も悪く、地元から追い出されるようにして彼は新宿に辿りついています」
トー横には、関口容疑者に限らず、虐待、いじめ、コミュニケーション不全、知的障害、発達障害、精神障害などから学校や地域社会に溶け込めなかったタイプの子どもが多いと徳丸さんは話す。
「傍聴の中でわかったことがあります。ストリートに集まっている子どもたちの誰もが、あの現場にいてもおかしくなかったということです。加害者にも被害者にもなりえました。
逆に、最後までよくわからなかったこともありました。それは、事件の原因です。彰さんが『少年Bからお金を借りていた』、『お金を借りていなかった』と正反対の証言が出てきていました。つまり、原因はお金の貸し借りによるトラブルではなかったのです。
むしろ『俺には木更津の暴走族がバックについているから』と彰さんが吹聴したことで、木更津の暴走族に所属している少年Bと“名前を使った、使わない” というような些細なトラブルが発端となっていたのです。そんなよくわからない原因で、人を殺すまでに激昂してしまうことに関口被告の心の弱さを感じました」
土下座をして謝罪をし続ける無抵抗の氏家さんに7時間もの暴行を続けた関口被告、暴行を続けた理由についても徳丸さんは違和感を覚えたという。
「関口被告は、彰さんとも亀谷被告とも仲が良かったため、彰さんをすぐに助けたら亀谷被告を裏切るようになってしまうから手を出したと主張しています。
でも、それであそこまで執拗に暴力を振るうでしょうか? もしかしたら異様な空気にのまれてしまったのかもしれません。関口被告も証人も『殺すつもりじゃなかったのに…』『本当に助けようと思っていたし、手加減もしていた』『でも、建て前とか筋が通らないといったことに囚われていた」と裁判で答えました。
そのいっぽうで、彰さんの兄が出廷して彼らを非難しても、自身の母が公判中に『親の育て方が悪かった』と泣き崩れても、全く表情が変わらなかったことが印象的でした」
「見ているだけだった」と主張する少年CとDの2人の行動について、徳丸さんは“トー横”という場所が、歯止めをかけられない空気を作ることに加担したのではないかと分析する。
「2人の少年もどこかのタイミングで止めることができたはずです。途中、彰さんが意識を失った際には、彰さんにかけて目を覚まさせるために2リットルの水を買いに行かされています。彰さんがすでに起き上がらなくなってしまった最後には、『かける布を買ってこい』と量販店に行かされ、毛布を万引きしてきています。つまり、ずっと監視されていたわけではなく、いくらでも警察や救急に助けを求める時間はあったし、逃げ出すタイミングもあったのです。でも、なぜか2人は現場に戻っていきました。
なぜ、暴行を止めずに、指示されるがままに動いていたのでしょう?
もしかしたらと答えが見いだせそうな証言がありました。それは、暴行も終盤に近づいたときの関口被告が発した言葉と、それを聞いた少年たちの感想です」