島本理生さんの恋愛小説『よだかの片想い』が映画化され、9月16日に公開されます。

本作の主人公は、顔に大きなアザがあり、コンプレックスを抱えて生きる理系大学院生・前田アイコ。そして、そんなアイコをモデルに映画をつくろうとする監督の飛坂逢太を演じているのが、今、注目の俳優・中島歩さんです。不器用に、しかし真正面から飛坂へと向かうアイコの恋心を受け入れながらも、仕事優先で、どこか逃げ腰の飛坂を独特の存在感で演じています。

そのリアルな演技に魅了されたという島本さんと中島さんの対談が実現しました。


取材・文/佐藤裕美 撮影/上澤友香 ヘア&メイク/陶山恵実(ROI/島本理生) 向後志勇(中島歩)

島本理生さん(作家)が、中島歩さん(俳優)に会いに行く_1
左・中島歩さん 右・島本理生さん
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役柄を通して、自分を表現する

島本 映画『よだかの片想い』の試写を拝見して、中島さんの演技がとても素敵で印象に残ったので、今日はお会いしてお話しできるのを楽しみにしていました。

中島 こちらこそ、お会いできて光栄です。

島本 中島さんが演じた飛坂さんという男性は、原作の中でも、主人公のアイコに別の世界を開いてくれる存在として登場します。映画を拝見したときに、中島さんが演じる飛坂さんだけ、重力が違うと感じたんですね。そこだけ重力が減ってふわっと軽くなっているというか。真面目に勉強して、地に足をつけて生きていたアイコとは全然違う世界で、映画監督として生きている飛坂さんのしゃべり方だったり、立ち振る舞いだったりに、その重力の違いを感じて、それがアイコとの対比としてリアルに伝わってきたのがすごく印象的でした。

中島 ありがとうございます。今回の作品では、アイコを演じた松井玲奈さんと僕とでは、演技に対するアプローチが全然違っていたので、その差が芝居に出ているのかもしれませんね。そもそも松井さんは原作の大ファンで、アイコという役に対して、すごく熱意を持って向き合っていて、原作も読みこんだ上で、アイコという人物像を作り上げていったと思います。だから「アイコだったら、ここで笑わないだろう」とか、すごくコントロールが利いたお芝居をされていた印象がありました。結果的にそれが非常に緊張感あるキャラクターを作りだしたなと映画を観て感じたんですね。だから観ている人は、アイコに引っ張られるし、応援したくなるんですよね。
それに対して僕の芝居への取り組み方は、役柄を演じるということをあまりしないんです。むしろ役柄を通して、自分を表現するというか、その人自身が見えるっていう芝居が好きなんです。もちろん準備はして、飛坂としてセリフを言うわけですけれど、つねに自分自身がしゃべっていて、自分自身が行動しているという意識を持つように心がけています。そういうところに重力の違いを感じられたのかもしれないですね。

島本 飛坂さんは、どこまで演技で、どこまで天然なのか、境界線があまりない感じが非常にリアルだったんですけれど、そういうことだったんですね。

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島本理生『よだかの片想い』(集英社文庫)

中島 だから島本さんを前に失礼な話なんですけど、今回、原作を読まずに撮影に入ったんですが、最近、ようやく読んで、やっぱり読まなくてよかったなと思ったんです。あ、これは悪い意味ではなくて。というのは、原作はアイコの視点で書かれているので、アイコが感じたことを事前に知ってしまうと、いろいろと配慮すぎてしまうだろうなと思ったんですね。僕の仕事は脚本を真実にしていくことで、目の前の松井さんのアクションを受けて、初めて芝居っていうのは立ち上がってくるものだと思うので、すべてわかってしまっていると、やはりリアルにならないだろうと。飛坂という人物についても知りすぎてしまうと、それを再現しようということになっちゃうので、あえて読まずにやらせていただいたんです。だから、島本さんに「何だ、全然違うじゃん!」って思われてたらどうしようって恐れていたんですけれど……。

島本 いえ、全然。私は映画ってやっぱり監督さんの作品だと思うんです。事前に脚本を読ませていただいたりすると、「あれ、ここ原作のこだわりと違う」と思うこともありますが、いざ映像になってみると、「あっ、こっちのほうがよかったな」って、毎回、思うんですよね。とくに今回は、肌の質感みたいなものが、映像の色のトーンとすごく溶け合っているのが素敵で。ざらりとした感じを残すような、ちょっと引っかかりのある生っぽい質感が印象的だったんです。

私、昔からフランス映画が好きなんですけれど、フランス映画って、それこそ映し出される女優さんの肌の質感とか、髪の乱れみたいなものから、生身の大人の女性がそこにいるっていう存在感を感じさせてくれます。今回の映画でも、微細な表情や肌感覚というものを映画の空気の中で、自然に表現していて、異なる肉体の存在感にも引き込まれました。そのあたりの映像のインパクトというのは、やっぱり文章とは違いますね。

中島 そうですね。今回の安川有果監督は、映像での表現というところに、すごくこだわっている方なので、伝わってくるものがあったと思います。ラストシーンのアイコが青空の下で踊るところなんかは、映像ならではの表現だなと。最後のアイコのあの笑顔を見て、「ああ、よかったな」って心から思いました。

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©島本理生/集英社 ©2021映画「よだかの片想い」製作委員会

愛とは信頼? それとも理不尽?

島本 飛坂さんは映画監督ですが、中島さんがお仕事をご一緒される監督さんたちは、どんな方が多いですか。

中島 いろんなタイプの監督がいますけど、やっぱり人たらしが多いですね。愛されキャラというか、すごいわがまま言ってるんだけれど(笑)、この人のためなら頑張ろうと思ってしまうような人は結構います。

島本 今回、映画を観て、ものをつくるということに対する「業」とまで言わないですけれど、ある種の薄情さみたいなものが非常にリアルだなと個人的に思ったんです。小説を書いてるときは、アイコの目線で書いてたんですが、今、映画を観ると、飛坂さんの気持ちもわかるなと思って。

中島 それはありますね。

島本 飛坂さんが、アイコの精神性みたいなものに惹かれる気持ちもわかるし、一方で、最後は、プライベートも仕事も一緒くたにして、みんなで作品のほうを向ければそれでいいと思っている感じもすごくよくわかるんですね。個人的に、そういう、作品をつくるっていうことに対するきれいな部分だけじゃないリアルを映画を観て感じました。先日、松井さんと対談する機会があったんですが、そのときにおっしゃっていたのが、映画でアイコが作った料理を飛坂さんが適当に食べていたシーンを後から観てショックを受けたって(笑)。

中島 ひどい男ですよね(笑)。せっかくアイコが持ってきてくれた差し入れをポイッと人に渡しちゃうとか。アイコが抱えているもの、心の奥にあるものに触れたいという飛坂の気持ちは嘘じゃないと思うんですけれど、仕事が優先で、彼女のことが二の次になってしまうような冷淡さが端々に出てきます。

島本 女性目線からすると、一瞬「えっ!?」って思うようなシビアさがあるんですね。

中島 『よだかの片想い』の脚本を書いている城定秀夫さんも、以前、同じようなことをおっしゃっていました。誰かを題材に映画化するという、その行為自体、原罪があるって、まったくそのとおりだなって思いました。飛坂は「映画を通して愛を表現してる」みたいなことを言うんですけど、それで許されるのかと。

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「中島さんにお会いできて嬉しいです」と島本さん

島本 まったくです(笑)。言いたいことはわかりますけど、そんなことでは全然納得できない恋人の気持ちもわかるので、私もいろんな意味でぐっときました。中島さんは「愛」って何だと思われますか。

中島 えええっ!? 愛ですか!? ……でも、やっぱり信頼関係じゃないですかね。自分のすべてをさらけ出せる人っていうか、そういう関係性が「愛」っていうのかなとか思いますけど。

島本 信頼関係というと、時間をかけて作り上げるものというイメージですか?

中島 そうですね。汚い言い方ですけど、お尻の穴まで見せられるぐらいの関係に、最初からはなれないじゃないですか。いや、すぐに見せられる人もいるのかもしれないけど(笑)、僕の場合はやっぱ時間がかかる。だから、どんどん深まっていくものじゃないかと思います。島本さんにとっての「愛」はどんなものですか。

島本 私自身は、どちらかといえば、最初、出会った瞬間に始まって、永遠に続くもので、信頼関係というよりは、逆に愛はすごく理不尽だなと思います。

中島 まさに、そこがこの小説の主題になっているなと感じますね。愛することで、すごく自分が変わっていくじゃないですか。心が超揺さぶられまくるアイコの姿がかわいいし、「頑張れ」って思うし、そこに引っ張られながら小説も読ませていただきました。恋愛小説って、これまであまり読んでこなかったんですけど、めちゃくちゃおもしろいと思いました。

島本 ありがとうございます。出会いを通して、一人の人間が変わっていくというのは、書き手としての醍醐味でもありますけれど、映画の中でも二人でボートに乗って写真を撮り合うシーンに、それがよく表れていましたよね。顔のあざのこともあって、冒頭では写真を撮られてひどく緊張しているアイコが、ボートの場面ではあんなに幸せそうに写真を撮り合っているのを見て、二人の関係が深いところまで開かれていったんだなと。そのことをカメラが象徴していたと思います。すごくいいシーンでした。

中島 実際、あのときは、ボートには松井さんと僕だけが乗っていて、初めて二人きりの時間を過ごしたんですね。お互いの距離が縮まった撮影でもありました。

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©島本理生/集英社 ©2021映画「よだかの片想い」製作委員会