丈夫な柘植(つげ)の櫛の歯も長年髪を漉いていると髪に削られて溝ができるのだと見せてくれたのは、広瀬紀代美さん(58)。

「いまはカメラマンにしても照明部にも女性スタッフがいらっしゃるけれど、私が入った当時は女の人と言ったら、衣裳、メイク、記録さんというくらいで。とりあえず映画が好きで映画に携われることないかなと思ったとき、ちょうど知り合いに『結髪が空いてるよ』と聞いて。『結髪』って何かもわかりもしないでちょっと入ってやりだしたら、意外と面白いなと思ったんです」

そこから始めて、もう約40年のベテランになった。だが、上には上が。80代で現役の方もいると言う。

NHK朝ドラ「カムカムエヴリバディ」のモデル 東映京都撮影所の職人たち_9
町娘の鬘を結い直している、結髪・広瀬紀代美さん(撮影:平賀哲)

「最初は先輩について。髪の毛なんて触らせてもらえなかったです。とりあえず現場について女優さんたちのほつれた毛を直したりしていました」

櫛すらなかなか売ってくれなかった世界で

でもその直す櫛を手に入れるのもひと苦労。

「いまはけっこうふつうに売ってくれるらしいですけど、当時は『まだお前さんには早い』って。だから最初は先輩がね、折れた櫛を『これ使っとき』と言ってくれるんですよ。それを使いながら、だんだんちょっとずつお小遣いを貯めて買うんです。はじめて売ってもらったときは嬉しかったし、大事にしようと思いましたよ」

結櫛(ゆいぐし)、鬢櫛(びんぐし)、深歯(ふかば)、筋立て(深)、筋立て(浅)、鼠歯……と一言で櫛と言っても多種多様。そして、梳かす専用、サイド専用、髷専用とひとつの髪型でもパーツによって使い分ける。少しずつ揃えたこれらを駆使して髪を結い上げていく。町娘の髪だと1時間から2時間くらい、凝ったものは半日もかかる。これらのやり方は皆、先輩から教わったり、昔の映画を見ながらスタッフと研究したりして身につけていった。

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柘植や桜でできた櫛の数々。髪のパーツで使う種類が変わってくる(撮影:平賀哲)

研鑽を続けてきたからこその存在感

「時代劇が減ってきて、テレビドラマの連続ものもなくなって10年くらいですか、全盛期と比べると撮影所の床山は半分になっています。時代劇は徐々に変わってきていることを感じますね」(広瀬さん)

時代によって価値観が変わっても、長い時間、学び、研鑽(朝ドラ『カムカム』で言うところの「鍛錬」)を続けてきた職人たちの技と知恵は生かされる。大村さんや広瀬さんが割れても折れても修繕しながら使い続ける先輩から受け継いだ柘植の櫛はその誇りのように、数ある櫛のなかでもひときわ強い存在感を放っている。