かつらの美学、「つぶし」とは?
かつらの美学は奥深い。そのひとつに「つぶし」がある。かつらは地毛に羽二重(はぶたえ。髪の毛をぴったり抑える役割をする織物)をかぶせた上に乗せる。このときかつらと地肌とを馴染ませることが非常に重要になる。現代に時代劇が生き残る難しさのひとつが、映像が4K や8Kと超高画質になったため、こうした細かな部分が誤魔化せなくなってきたこと。はっきり出る差異を消すために欠かせないものが「つぶし」と呼ばれる肌色のパテ状のものだ。昔からある床山さんの必需品で、鬢付け油とおしろいに砥の粉(とのこ。砥石から出た粉など)を混ぜて粘土状にする。小豆の粒くらいでひとり一回分、鍋一杯で1000人分くらいになるものを床山さんは常に準備して、撮影の合間合間で俳優さんに駆け寄って差異を「つぶ」す。
「おもしろいのはうちに十何人いる職人でみんなそれぞれ好みが違うことです。ラーメンと同じで万人が『これが最高』というのものはありません。これベストやろって出してもね、固いだのやわらかいだの文句を言う。作業のしやすさや保ち、なかには肌をきれいにすることを重視するなど、それぞれのさじ加減があるんです」
髷がかっこよく決まるのは床山さんの腕次第なのである。デジタル全盛になっても、そこは変わらない。むしろますますプロの腕が重要になってきているのだ。
そもそも、髷(まげ)を自毛で結えばつぶしのひと手間は省ける。これまで地毛で髷を結った俳優はいないのだろうか。
「一番最近ではね、木村大作さん。監督でありキャメラマンでもある方で、いつもは『(かつらと地肌の差が)全然バレてる!』とよく怒られるんですけど、木村さんの監督作映画『散り椿』(18年、岡田准一主演)でワンシーンだけ出演されて、地毛でやってくれって髪を伸ばしはって、結いましたよ。それだけで画(え)が違います。だから若手の助監督にもよく提案するんです。駆け出しの役者さん数人くらい集めて、全員、自毛で時代劇をやってみたらどうかって。そうしたら僕が美粧をやったげると」
何もわからないところから始めて40年
さて。この床山という仕事、昔は男性が多かった。髪をきりりと結い上げるにはかなりの力が要るからと言われている。長い髪を束にしてぐいぐいと引っ張って、緩みなく、そして時間が経っても崩れることなく結い上げるためには全身の力が必要で、自ずと上腕二頭筋が鍛えられ、指には固いタコができる。