その昔、床山さんにまつわる都市伝説がまことしやかに語られていた。彼らのおメガネにかなわないと俳優として立ち行かない。彼らに失礼があると相手にしてもらえない。厳しくあしらわれた俳優の声はあとを絶たない……。その噂の理由を妹尾さんは「最も俳優の近くにいるからではないか」と推測する。

床山さんは男性の俳優担当が「美粧」、女性の俳優担当が「結髪(けっぱつ)」と分かれ、撮影開始の2時間以上前からスタンバイしている、朝、最も早いスタッフのひとりである。

床山さんの魔法の指づかいによって、眠っていた俳優の肌は覚醒し血色良くなり、しだいに役の顔になっていくのである。

NHK朝ドラ「カムカムエヴリバディ」のモデル 東映京都撮影所の職人たち_4
床山部屋の入り口。衣裳スタッフが作った暖簾がかかっている(撮影:平賀哲)

指先から鬢付け油の香りが漂う

美粧歴40年以上で、かつら制作とヘアメイクの会社を営む大村弘二さん(57)さんは指先からほのかな鬢付け油の香りを漂わせながら、やんわりと、でもちょっとドキリとする話をしてくれた。

「時代劇について真摯に学んでいる俳優さんはすぐにわかります」

例えば、かつらをかぶったら脱げなくなるから支度にTシャツはNGで、前開きのシャツや浴衣が必須。そういった基本を知らずにふらりと床山部屋に来る俳優もいるとか。

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結坊主を前にする美粧・大村弘二さん(撮影:平賀哲)

大村さんは若いころ、北大路欣也さんの現場につく機会が多く、その時代劇の知識や探究心に刺激を受けたと振り返る。俳優自身がスタッフまかせでなく、時代劇に敬意と熱意をもって臨むことで、文化を作ってきた。

「昔は先輩俳優がしきたりを教えてくれたけれど、今はそういう先輩から後輩に伝えることが少なくなっていますよね」