映画の主人公のモデルとなったチン・コン・ソン(1939~2001)は、ベトナムの中部バンメトート生まれの国民的シンガーソング・ライターである。生涯に600以上もの歌曲を発表したとされ、その多くが恋の歌や、戦争の悲惨さをうたい、人々の心をとらえた。彼の死後、ハノイ市内のストリート名にも採用され、まさにベトナム史の中の「英雄」のひとりにさえ数えられている。

ハノイにあるチン・コン・ソン通りには彼の肖像画が掲げてある(撮影:新妻東一)
ハノイにあるチン・コン・ソン通りには彼の肖像画が掲げてある(撮影:新妻東一)

日本でも彼の作品は高石ともやの「坊や大きくならないで」、天童よしみの「美しい昔」として歌われている。

減量と厳しいレッスンの日々

中谷さんの役どころはチン・コン・ソンについての日本人女性研究者。といっても、中谷さん本人は当初、チン・コン・ソンを知らなかったという。

「それで改めて彼が作曲した曲を聴いてみると、どれもベトナム国内で聴いたことがある曲ばかりでした。ああ、これもチン・コン・ソンの歌だったんだとわかり、びっくりしました」

映画では冒頭、チン・コン・ソンと彼女がパリで出会う場面からはじまる。彼女がチン・コン・ソンに過去のことを聞き出すインタビューをきっかけに彼が昔の恋を思い出す設定になっている。彼女はとても重要な役に抜擢されたのだ。

役のイメージに合わせるため、3〜4ヶ月かけて4キロ減量し、髪も切った。フランス語も週4回、1か月間で文法と発音を徹底的にしごかれた。演技のレッスンも2か月の間に10回に及び、歌と踊りの指導も受けた。