12時間くらい布団に入って…でもそれも悪くない

――あなたが生み出した多くの物語の中で、特に好きなものはありますか?

うーん……これまた難しいね……。だってもう頭が老化しちゃって、どんどん忘れちゃうから(笑)。

――(旅行中に撮った写真を何枚か見せながら)どうやってこの写真(温泉にいる裸の中年女性のグループが写っている)を撮ったんですか? つまり……あなたは男性ですから。

82歳で初海外の漫画家・つげ義春「海外翻訳版が長年刊行されなかった理由」_1
インタヴュアーが「どうやって撮ったか」と訊いているのは、この写真。
1969年8月に岩手県北上市・夏油(げとう)温泉で撮影。『つげ義春の温泉』(ちくま文庫、2012年)より一部画像処理して転載。

実は、この写真を撮ったのは女房なんです。でもそんな難しくないですよ。東北の混浴温泉ですけどね。田舎の山奥なんかだと混浴はまだ一般的なんじゃないかな。見てのとおり、写真に撮られることをみんな楽しんでるでしょう。

おもしろいのは、女の人の方が男よりも混浴に抵抗がないんだね。男性に裸を見られるのにも慣れてるし、恥ずかしがることもないんです。逆にこっちが変に意識してしまうと、向こうも気にしちゃう。

――地元の人々ですか?


いや、ほとんどは旅行者ですね。田舎だと生活のリズムも季節に従うから、農家が何もすることがない冬は時間がたくさんあるんですよ。そういうときは昔から、温泉でときを過ごして、普段きつい仕事で溜まった疲れを癒すんです。

――なぜそういう場所に魅力を感じるのですか?

古いだけじゃない、崩れて消えかけているようなものがなぜか好きなんですね。何かが消え去っていく過程で、時間の経過が人や物の痕跡を残す……そういうものに魅力を感じたんです。その意味で本州の最北端は最高だったんですよ……いい時期でしたね……。

立石(訳注=慎太郎)さんって友達とよく旅行したんですが……立石さんも数年前に亡くなっちゃいました。ただ北といっても北海道はそんなに興味なかったので行ったことないんです。いろんなものがわりと新しい感じがしたので。

――最近はあまり旅行してないみたいですが。

もう旅行に行くような体力がないんです。最近はもう、どこかへ行くといってもお買い得品目当てに近所のスーパーを自転車で回るぐらいで、主婦みたいな生活ですよ。洗濯をして、食料品を買いに行って、1日3食用意するだけで他に何もできない。

昔みたいに音楽を聴くとか映画を見るとか、本を読んだりする時間はほとんどないです。かわりによく眠りますね。僕ぐらいの年齢だと6時間程度の睡眠で十分らしいんですけど12時間ぐらい布団に入ってます。最近の生活はまあそんなもんですね。でもそれもそんなに悪くないです。

『つげ義春 名作原画とフランス紀行』(新潮社)
つげ義春 つげ正助 浅川満寛
82歳で初海外の漫画家・つげ義春「海外翻訳版が長年刊行されなかった理由」_c
2022年6月30日
2750円(税込)
単行本(ソフトカバー) ‏  192ページ
ISBN:978-4-10-602302-6
国際漫画祭に招かれて82歳の初海外、その全旅程に密着。さらに「海辺の叙景」等7作の原画を全頁掲載。新たな「つげ義春」を発見!
amazon