社会的再生産保護主義とは何か
「社会的再生産保護主義」とは、生活の維持や家族の再生産を支える資源を、「国民」や「土着の人々」に優先的に配分すべきだとする排外主義的な政治態度である。
ここで問題となるのは、雇用や賃金をめぐる競争だけではない。学校、住宅、福祉、家族手当、公共サービスといった生活基盤へのアクセスもまた、移民や人種化された集団との競争として捉えられる。
つまり、社会的再生産保護主義は、生活を支える制度的資源を「われわれ」(しばしば白人、国民、土着的な労働者層ないし中間層として想定される集団) のものとして囲い込み、その優先的な保護を求める論理なのである。
この点で、社会的再生産保護主義は福祉排外主義とも重なり合うが、それに尽きるものではない。福祉排外主義が主として福祉給付や社会保障の配分をめぐる排除の論理を指すのに対し、社会的再生産保護主義は、より広い生活基盤の領域を対象とする。
そこには、学校、住宅、家族形成、子育て、地域の公共サービス、さらには世代間上昇移動の可能性までもが含まれる。したがって、この概念が問題にするのは、単に「誰が福祉を受け取るべきか」という問いではない。むしろ、「誰の生活が、誰の家族の未来が、公的に支えられるべきなのか」をめぐる排外主義的な選別の論理なのである。
社会的再生産保護主義は、「国民優先」を掲げる極右の福祉排外主義から、「大置換」論のような陰謀論に至るまで、広範な極右的想像力と共鳴する。
移民やマイノリティが公共資源を「奪っている」という語りと、彼らが将来的に「われわれ」に取って代わるという不安は、いずれも社会的再生産を支える制度や資源の配分を、「パイの奪い合い」として捉えるゼロサム的な想像力に基づいている。
さらに重要なのは、こうした生活不安がジェンダー化されたかたちで経験されるという点である。
性別役割分業のもとでは、家族内外におけるケア、子育て、教育、生活の維持といった社会的再生産の仕事は、依然として女性に大きく担われている。そのため、新自由主義的な経済秩序のもとで拡大する学校、家族手当、福祉、住宅、地域の公共サービスをめぐる不安は、女性にとってより切実なものとして現れやすい。
このことは、女性の極右支持を理解するうえで重要な手がかりとなる。 つまり、女性たちの国民連合支持を、観念的なナショナリズムや外国人嫌悪のみに還元するべきではない。社会的再生産保護主義は、家族生活の維持、子どもの教育、住宅、福祉、公共サービスへのアクセスをめぐる不安を、移民やマイノリティとの競争の問題として再構成する。
そしてそれが「国民優先」という排外主義的な保護の言説と結びつけられることで、国民連合への支持を後押ししているのである。













