どうやって治すかより「どう生きやすくするか」
発達障害が広く知れ渡るようになったのは2000年代以降だ。
かつて統合失調症やパーソナリティ障害と診断されていた一部が、発達障害だったのではないかとされる。
高齢の精神科医には「発達障害はよくわからない」と話す人も多い。一般の人なら言わずもがなであろう。
「同じ服を着ていても誰かに迷惑をかけているわけではありませんからね。iPhone作った人も同じ組み合わせの服装ばかりだったみたいですよ。
じつは僕も、決められた生活パターンから外れるとイライラしてしまうタイプで、1年の360日くらい同じ服、着てるかもしれません」
精神科医は自分のプライベートを患者に明かすことはほとんどない。それでもあえて少し話してみたくなった。
「えっ、そうなんですか?」
母親の表情が少しゆるむ。
事実、私の世界はある一定のパターンに則っている。いくつかのルーティンから外れるとその日の解像度が落ちてしまう気がするのだ。
だから、クローゼットには同じ濃紺のシャツと、同じ細身のチノパンが数枚ずつ用意されている。360日同じ服はあながち大げさな話でもない。
「『どうやって治すか』よりも、『どうやったら蓮君が生きやすくなるか』を一緒に考えましょう」
「そうですよね。私も蓮がつらい思いをしなければいいなって思っていて、そう言ってもらえると安心します」
この日初めて、母親が笑う。
「お母さんが一生懸命蓮君と関わっていたからこそ、こうやって早めに病院につながれたんだと思います。受診してくれて良かったと思いますよ」
発達障害の診断を受けると、それまで抱いていた子どもへの期待が閉ざされ、絶望してしまう親もいる。ネットやSNSの情報から過剰に不安を感じてしまう人も多い。
だからこそ、正しい知識を提供することが精神科医の大切な役割だ。
これ以降、蓮君と母親は月に1回、「こころのクリニック三王子」に通院するようになった。
現在、中学生になった蓮君は母親の支援を受けながら、大きな問題なく、日常生活を送っている。凸凹だった感情の起伏も、「さざ波程度に変わりました」と母親は言う。
発達障害を抱える子どもにとって、人生は「ポケモンバトル」に似ている。彼らの特性は欠陥ではなく、「一点突破型」のステータスだ。
精神科での療養は、医師という名のトレーナーから、自分のタイプと技の相性を教わる時間といえるかもしれない。
文/駒木 爽













