小泉政権との決定的な違い
官邸機能の弱さが懸念される一方で、高市政権は衆議院選挙において圧倒的な勝利を収めました。争点を極端に絞り込んだ「ワンイシュー・エレクション(単一争点選挙)」を仕掛け、大きな風を吹かせて圧勝したという構造は、かつての小泉内閣の「郵政解散」を彷彿とさせます。
しかし、両者には決定的な違いがあります。それは「政策のコンテンツ」の有無です。
小泉内閣の郵政民営化は、決して思いつきのポピュリズムではありませんでした。
私自身が担当大臣として法案を練り上げ、国会で1500回にも及ぶ答弁に立ち、徹底的な議論を重ねました。党内を二分するほどの激しい反対意見と正面からぶつかり合い、その上で国会採決した後の、いわば総決算としての選挙だったのです。
だからこそ、反対派がいる一方で、情熱を持って支えてくれる強固な応援団が全国に存在しました。
ところが今回の選挙はどうでしょうか。事前の徹底した議論も、血の通った政策論争も存在せず、「高市さんでいいですか?」という人気投票のような空気が作られただけです。経済政策に関して彼女が具体的に何をやりたいのか、いまだに誰も明確には分かっていません。
日本が直面する課題は複雑かつ深刻
リーダーとしてのパッションは共通しているかもしれませんが、政策の中身(コンテンツ)の充実度が全く違います。政治である以上、多様な人々と酒を酌み交わし、飯を食いながら人脈を広げるなど、政治家としての泥臭いネットワーク構築はどうしても不可欠です。
物価高、エネルギー危機、地方の衰退。日本が直面する課題は複雑かつ深刻です。その中で政治が果たすべきは、補助金という麻薬で国民の目を一時的にくらませることではありません。
リーダーに共通して求められるのは「現実を直視させる勇気」です。「今は国難だから、みんなで我慢して省エネをしよう」と合理的な道筋を示し、説明責任を果たすこと。そして、霞が関や党内をまとめ上げる強固な人脈と、ブレない政策のコンテンツを持つことです。
表面的なワンイシューの熱狂や、耳当たりの良いポピュリズムに頼る時代はもう終わりました。高市政権には、今一度官邸の足元を見つめ直し、国民に真実を語る「重厚な政治」を取り戻すことを強く求めます。支持率の高い高市政権なら、それができるはずだと期待しています。
文/竹中平蔵













