「金太郎、馬をどつく!?」(集英社文庫・コミック版10巻収録)

荒れ馬と金太郎の絆

人は、何かが少しほかと違うだけで、すぐに「ダメなやつ」の側に押しやられてしまう。学校でも会社でも、最低限これくらいはできて当たり前、という“人並み”の基準があるからだ。

そこから外れた者は、能力がないとか、根性がないとか、そういう言葉で片づけられがちである。だが本当にそうなのか。

『サラリーマン金太郎』第91話では、その問いが荒れ馬・ダイゴを通して描かれる。

ダイゴは素質もあり、賢そうにも見える競走馬だ。だが、人間をなめていうことを聞かず、人を噛み、暴れ、ファームでは厄介者扱いされている。才能がありそうなのに、“ちゃんとできない”せいで落ちこぼれの側に置かれているのだ。

そんなダイゴのレースの日、金太郎はこの馬を応援している男性に出会う。男性はダイゴのことを「みんながちゃんとできることができない」「人間でいうと若者の落伍者だ」と見る。

だからこそ、高校を中退し、誰でもできるような仕事も続かない自分の息子の姿が重なってしまうのだという。

そこで金太郎は言う。

「人並みの事をやらないって事は、人並み以上の人間以上のものを持ってるかも知れねえだろう」
「誰にもできる仕事をやりたがらねえ息子を誉めてやってもいいんじゃねえか」
「その程度の仕事で満足できない息子の感性をよ……」

金太郎はダイゴのことを問題児としてなど見ていない。むしろ、能力がありすぎる馬だと信じているのだ。

実際、ダイゴはレースでとんでもない脚力を見せて、ぶっちぎりでゴールを切る。しかし他馬の走りを妨害したとして失格になる。勝ちは消えた。だが、力まで消えたわけではない。ダイゴの走りは多くの人を見返した。

規格外の才能や個性を評価するのは難しい。だが、落第点をつける前に少しだけ、見る側も自分の評価軸を柔軟にしてみるべきだろう。『サラリーマン金太郎』第91話は、“できないやつ”と切り捨てられた者の中にこそ、とんでもない力が眠っているのだと教えてくれる。