絶妙なタイミングに込められた真意

飲食店では、回転率や効率が重視されることも少なくない。しかしルノアールは、最後の一杯を「退出の予告」ではなく、「くつろぎを延長するための一杯」として提供しているという。そこに、この喫茶店の哲学がにじむ。では、こうしたサービスが業績の向上に結びついたといった検証はあるのだろうか。

「前述のご回答の通り、創業当初からおもてなしとしてご提供しているので、業績に対する測定はしておりません。ありがたいとお褒めいただくこともあれば、反対にお茶が出なかったことに対して厳しいご意見をいただくこともあり、お客様からの期待の大きさを実感しております」

バブル期には店内の噴水で鯉が泳いでいた(写真提供/銀座ルノアール)
バブル期には店内の噴水で鯉が泳いでいた(写真提供/銀座ルノアール)
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担当者の回答から、このサービスがすでにルノアールの体験価値として強く認識されていることがうかがえる。

さらに、少し踏み込んで、落語や都市伝説として有名な「京都のぶぶ漬け」(お茶漬け)のように、長居する客に対する「そろそろお帰りください」という遠回しなサイン(いけず)ではないかという疑問も率直にぶつけた。

これに対し担当者は、「決して退店を促す意図はありませんし、早く帰ってほしいというような意味合いは、もちろんございません」ときっぱり否定している。

多くの人が気にしていた「帰りどきのサインなのか」という疑問に対し、ルノアールの答えはむしろ真逆だった。最後のお茶は、席を立たせるための合図ではなく、「まだゆっくりしてほしい」という気持ちの表れだった。

喫茶店の価値は、コーヒーの味だけでは決まらない。そこで過ごす時間の質や、落ち着ける空気、話しやすさ、仕事のしやすさといった要素が積み重なって、その店らしさになる。

銀座ルノアールの最後のお茶は、まさにその象徴なのだろう。客を急かすためではなく、むしろ「このあともどうぞゆっくり」と伝えるための一杯。その“謎”を解いてみると、まっすぐなおもてなしの心があった。

取材・文/集英社オンライン編集部