誰もいなくならない
横浜プリズンで生活するうち、周囲の隣人が誰もいなくならないことに気づいた。私より前からいた人は、そのままいつづけ、やがて既決囚となって移動してゆく。私より後にやってきた人も、やはりほとんどが既決囚となって移動していった。
移動の前夜になると、看守が
「明日、確定ね」
と告げに来る。
厳密には、実刑判決が確定してからすでに数日が経っているのだけれど、既決囚としての処遇に移行することを、便宜的に「確定」と表現しているようだった。
そして翌朝、普段の看守とは違う職員が迎えに来て、官服のまま、荷物をもって移動してゆく。横浜プリズン(拘置所)には、刑務所へ移送される前の既決囚が刑務作業をしながら過ごす階がある。おそらくその階へ移るのだろう。
これと異なり、執行猶予判決を受けた人は、法廷から戻ってくるとすぐに私服に着替え、慌ただしく荷物をまとめて去ってゆく。
保釈の場合はさらに唐突で、看守がひそひそ声で何事かを伝えに来ると、間もなくその房の人は私服に着替え、慌ただしく荷物をまとめて出てゆく。動きがなかったところから、突然私服になって出てゆくため、保釈とわかるのだ。
けれども、私が横浜プリズンにいた250日間のうち、保釈で去っていった人は、二部屋隣まで含めてもたったひとりしかいなかった。執行猶予で去った人は、さらに少し離れた部屋のひとりだけだ。圧倒的多数は、実刑になって移動していった。
保釈も執行猶予も滅多に見られず、ほとんどが実刑になってゆく。入れ墨のある人もない人も、見るからに経験者の人もそうでない人も、等しく同じ道を歩んでゆく。
この現象は単なる偶然なのか、それとも、判決まで保釈されない人は実刑になりやすいという暗黙の傾向の表れなのか。
刑事弁護人としての経験上、たしかにその傾向はあった。けれど、ここまで露骨な比率には、戸惑いと疑問を覚えた。
実刑になってゆく隣人たちは、はたして出所後に帰るべき場所をもっているのだろうか。仕事や家庭、そして自分自身の居場所をとり戻せるのだろうか。
事件に巻きこまれる前から、私は障害やハンディキャップなどの生きづらさを抱えた人の弁護を多く扱っていた。福祉や心理の専門家と協力して、これらの人の帰住先を整える環境調整活動(司法ソーシャルワーク)にうち込んでいた。
けれども、横浜プリズンの現実は、私の想像をはるかに超えていた。社会に戻る場所をもたない人々の多さに直面して、みずからの想像力の浅さを痛感した。
社会に戻る場所をもたず、帰住先を整える必要性の高い人は、思っていた以上に多い。
だからこそ、外に戻ってふたたび弁護士として歩みだすときが来たら、これまで以上に、社会に居場所のない人に帰る場所を用意する司法ソーシャルワークに力を注ごうと、深く心に決めた。
文/江口大和













