れいわ新選組は内部からも自壊していった
参政党は地方議員を地道に増やし、全国各地に足腰の強い組織を作り上げた。そこにYouTubeやSNSを使った情報発信を組み合わせることで、効率的かつ組織的に支持を広げたのである。
対するれいわ新選組は、確固たる党員制度を持たず、個人の熱意と不安定な寄付に頼る組織であった。地方組織からの安定した集票力を持つ参政党に対し、れいわ新選組は熱狂に頼るしかなく、この「組織力の差」が選挙戦での大きな敗因となったのかもしれない。
外部から参政党に票を奪われただけでなく、れいわ新選組は内部からも自壊していった。その最大の引き金となったのは、党の顔であり絶対的な存在であった山本太郎代表の突然の不在である。
1月21日、山本太郎代表は多発性骨髄腫(血液がんの一種)の前段階であると診断され、議員辞職と無期限の活動休止を発表した。時事ドットコム(2026年1月21日)の報道によれば、山本氏は「過度なストレスが原因」と説明している。
国立がん研究センターなどの公的な医療情報において、過労やストレスと多発性骨髄腫の直接的な因果関係を医学的に完全に証明することはできないが、党のあらゆる活動と意思決定が、山本氏個人の多大な負担の上に成り立っていたことは紛れもない事実である。
圧倒的な発信力を持つリーダーを失ったことで、党は前へ進むためのエンジンを失ってしまった。
一部の熱狂的な支持者が選挙の敗北を素直に認めず、「不正選挙だ」
また、党の姿勢が極端になりすぎたことは、自壊の大きな原因である。大石晃子共同代表を党の顔にして選挙戦に挑んだが、党の勢いが落ちていく中で、本来であれば他党と柔軟に協力し、現実的な路線を探るべきであった。しかし、れいわ新選組は独自の純粋さを求めすぎた。
一部の熱狂的な支持者が選挙の敗北を素直に認めず、「不正選挙だ」と主張するなど、陰謀論に走る傾向すら見られた。党としても「妥協は悪である」というゼロか百かの極端な思考から抜け出すことができず、穏健な普通の有権者をさらに遠ざけてしまった。
資金も組織力も足りない中で、孤立無援のまま戦略的な選挙戦を行うことができず、結果として自らの手で議席を失うことになったのである。
れいわ新選組の崩壊は、決して一つの不運な出来事がもたらしたものではない。













