〝どこに打たせるか〟まで背負うのが先発ピッチャー

山本が初めて矢田のもとを訪れたのは、オリックスに入団して1年目の春だった。山本は矢田の話を聞くと、数週間に1回のペースで矢田のもとに通うようになった。「野球が好きな少年がそのまま大きくなったような純粋で素直な青年」が山本の第一印象だったという。

矢田が考案した「BCエクササイズ」に取り組む一方で、山本は矢田に自身の現状や理想を語っている。

オリックス入団3年目の2019年、山本は先発に転向したが勝ち星が伸びなかった。リーグトップの防御率をマークしながらも、打線の援護に恵まれなかった。8回1死までノーヒットピッチングをしながら、勝敗がつかなかったこともあった。

山本は「なんで僕が投げたら、みんな打ってくれないんですかね。エラーもするし……」と矢田にボヤいたことがある。

それを聞いた矢田は山本にこんな話をした。

「たしかにせやな。せやけど、先発ピッチャーって何か知ってるか。ケンカでいうたらリーダーやで。リーダーがその日の試合を決めるんやんか。エラーが多いのは君のせい、打ってくれないのは君のせいや。自分がこのボールを投げて、ここに打たせたら仲間が処理してファーストでアウトにする。そこまで背負えなかったら先発ピッチャーと違うよ」

山本は「そういうことですか。わかりました」と、その後はいっさいボヤかなくなった。「その時は山本くんも若いし、物事をあまんり理解してなかったからね。でもあの子は素直やからスッと聞くんです。そこから山本くんが先発する試合は、チームが打ってくれるし、守ってくれるようになったんです。そういうふうな理解能力がものすごく高いんです」

ワールドシリーズで最後のバッターのバットを折って併殺にしたプレーを、「これまで取り組んできたものが無意識のうちに出た。無意識になるほど山本くんはやり込んできた」と矢田は表現したが、やり込んできたのは矢田が考案したエクササイズのことだ。

シーズン中、矢田はこのエクササイズをしている山本を遠くから黙って見守ることが多いという。そこでちょっとした修正のアドバイスを送る。また毎日の施術のなかで、体の異変を修正していく。

「独特の検査方法があって、それを検査すれば山本くんの状態がわかる。投げる前にわかれば先に治療して軌道修正する。投げていくなかで、できるだけニュートラルな状態に持っていくのが目的です。100%でない状態でもローテーションを守らないといけない。そうすることで80%の状態でもきちんとまとめることができるし、登板間隔が短くても問題なく投げることができる」

矢田氏との出会いで取り入れたさまざまなトレーンングに励む。やり投げトレもそのひとつ(写真/shutterstock)
矢田氏との出会いで取り入れたさまざまなトレーンングに励む。やり投げトレもそのひとつ(写真/shutterstock)
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取材・文/鵜飼克郎

『証言 山本由伸』(宝島社)
牧秀悟、工藤公康、 井口資仁、 五十嵐亮太、金子千尋、西村徳文、高山郁夫、入来祐作、星野伸之、能見篤史、増井浩俊、矢田修ほか
『証言 山本由伸』(宝島社)
2026年3月16日
1,650円(税込)
224ページ
ISBN: 978-4299075895
ロサンゼルス・ドジャース世界一の立役者、日本人プレーヤーで史上2人目、投手としては初のワールドシリーズMVPを受賞し、世界の頂点に立った山本由伸選手。その偉業達成までの歩み、才能の真実を、かつてのチームメートやMLB経験者、専属トレーナーなど、さまざまな関係者のインタビュー取材で浮かび上がらせる証言集です。関係者の証言であらわになる山本由伸の「異次元の凄さ」とは。
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