「強引学園」との呼び名も…半世紀前からのマンション側との因縁

中学受験の「女子御三家」として知られる桜蔭。毎年東大合格者を50~80人ほど輩出し、医学部進学者も多い、全国でも有数の進学校だ。

その歴史は100年以上にわたり、東京が壊滅的な被害を受けた関東大震災の翌年の1924年、水道橋駅徒歩5分の場所に位置する現在の高台に設立された。当時は校舎の2階から、数駅先の神田や九段まで見渡すことができていたという。

そんな桜蔭が近隣と争ってきた歴史は長い。大きな転機は今回建て替えが問題となっているマンション「宝生ハイツ」(8階建て)が1977年に建設されたときだった。

このときも桜蔭側は反対し、校舎とマンションの距離を確保するなどの対策を要求。宝生ハイツ管理組合の母体となった能楽団体「宝生会」と学園との間で、「8階建ての宝生ハイツの高さを超える構築物は将来も設置しない」旨の覚書を交わすに至った。

桜蔭学園(OG提供)
桜蔭学園(OG提供)

「20年ほど前の私の在学中、教員は『学園が強く交渉し、約束を勝ち取ったので、当時は桜蔭学園をもじって“強引学園”とも呼ばれました!』と半ば誇らしげに語っていましたね。たしかに、校舎からマンションの居住部までは結構距離があり、窓からの景色は、都心にしては開けた印象がありました」(桜蔭OG)

だが当時の桜蔭学園の奮闘もむなしく、2022年、マンションの管理組合が20階建ての高層マンションに建て替える計画を東京都に申請。

これに反発した桜蔭側は保護者やOGらの署名を集めて東京都議会に陳情したり、元教員の弁護士を訴訟代理人として裁判を起こしたりと学園をあげて戦っているが、現在のところ、建て替え計画を止めるには至っていない。