延長11回裏の〝副交感神経の集中〟
ホテルに戻って矢田が施術し、第7戦当日の朝を迎えた。
「LINEが朝5時に入ってきた。山本くんは、ほとんど寝ていなかったと思いますが、試合前に軽く投げていたボールを見て、大丈夫だと確信しましたね。緊張、集中を切らさなかった。今日、勝ちたい、勝つためには自分ができることをしなければいけないという意識が固まっていた。病は気からのまったく逆で、気があるからこれだけのことができたと思います」
9回裏のマウンドに向かおうとした山本に対し、矢田は「山本くんちょっと待って。今日はいつも言っていることを撤回するわ」と話しかけた。
「だんだんブルペンで調子が上がってきたから、いつでも行けるなって状態になった。ところが、試合展開が何度も変わって、落ち着いて見ている場合ではなくなった。山本くんも人間ですからピリピリピリピリってなってきちゃった。これはちょっと緊張しすぎたなと思って、『撤回するわ』と言ったんです」
矢田は山本の親友で、スタジアムにもよく応援に来るロックバンド「ONEOKROCK」のボーカル・Takaのことを持ち出した。
「今日は試合、背負わんでいい。山本くんはここまでよう頑張った。もう背負わんでいいから、〝俺が山本由伸や〟だけ見せたれ。Takaは歌うだけで全員を感動させんねんで。背負わんでええから、投球で、ここにいてるヤツみんな感動させたれ。勝ち負けなんかどうでもええねん。感動させる投球やって、俺が山本由伸やというのを見せてこい」
といって送り出した。山本は黙って頷いてマウンドに向かった。そして、3イニングを無失点に抑えてドジャースを球団史上初のワールドシリーズ連覇に導いた。
「あの最後の場面、山本くんは究極の集中ができた。みんな間違うのは体の活動を活発化させる交感神経で集中すると思っている。それは力んでいるだけ。
本当に集中したら心拍数が下がって脈拍が落ち着く。血圧が下がることがゾーンであったり、フロー状態なんですよね。これって夜間やリラックスしているときに働く副交感神経なんですが、この副交感神経の集中っていうのは簡単にできることじゃない。
あの場面で最高の1球を無意識に投げられたってことなんですよね。これはいつも取り組んでいるものが無意識に出たということ。無意識になるほど山本くんはやり込んでいる。これは頭で考えてできることじゃない」
矢田が「あの最後の場面」と言うのは、延長11回裏、1死一塁、三塁のピンチで6番A・カークに投じた最後の1球のことだ。山本が投げたスプリットがA・カークのバットをへし折り、ショートゴロの併殺打に打ち取った。
「あの場面でドジャースが勝利するにはダブルプレーしかなかった。山本くんもバットを折ろうとは思っていなかっただろうけど、バットが折れたのは奇跡や偶然ではなく、必然です。〝相手のバットを折るような球はどうしたら投げられるか〟という取り組みを毎日してきたからこそ、あの1球を無意識で投げることができた。
山本くんは夢、目的、目標が明確な人です。これってつながっているけど全部別のものなんです。目的と目標を混同している人がほとんどですよね。夢って言いながら頭で考えてしゃべっているだけ。山本くんは目的、目標、夢が明確にあって、それが自分の志になっている。それがどんどんレベルアップしているのが山本くんです」













