奥泉 授賞式でお会いして以来ですね。
更地 はい。授賞式では情けないスピーチをしてしまって反省しています(苦笑)。緊張で「あー」とか「えー」とかを連発して、三分で終わるはずのスピーチが五分ぐらいになってしまいました。
奥泉 みんな褒めていましたよ。淡々としていたけれども、誠実な印象があったと。ウケ狙いをして失敗する人、過去にいましたからね。編集部から言われませんでしたか? 余計なこと、しなくていいよって。
更地 めちゃくちゃ言われました。スピーチ原稿は事前に編集者にチェックしてもらったんですが、「ウケ狙いはやめてほしい」と言われて二回書き直しました。
奥泉 「すばる」編集部の気持ちを代弁すると、トラウマがあるんですよ。一〇年ぐらい前に授賞式で激しく滑った人がいたんです。スタンドからマイクをいきなり外したなと思ったら、壇上を歩きながらしゃべり始めてね。僕は面白がって見ていましたが、後で当時の「すばる」の編集長が選考委員の席へやって来て「申し訳ございません!」と。彼が謝ってもしょうがない(笑)。あの回がトラウマになって、それからは受賞者に対して厳しいマークがなされていると見ましたね。
更地 危なかったです(笑)。僕はめちゃくちゃハートが弱いので、スピーチで滑っていたらずっと引きずっていたかもしれません。編集の方の手引きのおかげで、今かろうじてここに座っていられる状態です。
張りぼてかもしれないという不安は小説家ならば誰しも持っているもの
奥泉 作家には大きく二つのタイプがあるかなと思うんです。非常に若い時から、極端な場合には子供の時から小説が書きたいとか小説家になりたいというタイプの人と、ある程度大人になってから、ある日小説を書いてみようと急に思い立つ人。僕は後者なんですけれども、更地さんはどうですか。
更地 僕も後者だと思います。ただ、面白い話を作ることに関してはずっと興味があったんです。
奥泉 つまり、それは小説じゃなくてもいいと。例えばドラマとか映画とか。
更地 一番最初に目指したのは、ゲームのシナリオライターでした。新卒でゲーム会社に入ったんですが、シナリオの部署に行きたいなと思って、部署にプレゼンするためのポートフォリオとしてお話を書き始めたんです。原作IP作品をゲームにする会社だったこともあり、それ用のシナリオにする必要があるということで、当時遊んでいた別のゲーム作品、人物設定や立ち姿や声色、そういうものが既に設定されているキャラクター同士の話を書いて練習していました。
奥泉 小説というジャンルで何かやってみよう、と思ったのはその時代ですか。
更地 その少し後ですね。ゲーム会社はハラスメントの巣窟だったので早々に辞めてしまい、別業種の会社に入ってプログラマーになったんです。仕事で文章を書く必要はなくなったものの、ゲームのシナリオとは別の形で、文章を書くことはやりたいなと思ったんですよね。そこで、小説を書くことを思い立ちました。同人誌でも出そうかなと思い、そこから執筆を開始して確か四万字ぐらいまでいったんですが、途中で書く手が止まってしまって。で、他の作品を進めよう、とその昔に大まかな場面だけ構想した作品の方に着手しました。それが完成にまで至った初めての小説で、去年の文藝賞の最終候補にしてもらいました。
奥泉 そうだったんですね。じゃあ、賞の最終候補になるのは今回が二度目だった。
更地 はい。同人誌として出すことも考えたんですが、自分が面白いと思って書いていることが、実はめちゃくちゃ滑っているんじゃないのかと不安で、公募に出したらどれぐらいのところまで行けるのか試してみたかったんです。去年の八月にその結果が出て、全然落ちて。でも、最終候補になったのは単に運が良かったからなのかが分からなかったので、もう一回別の賞に応募してみようということで書いた作品が、『粉瘤息子都落ち択』でした。
奥泉 文藝賞の候補になった作品は、今回の作品とはタイプが全然違う?
更地 違いますね。シスターフッドすぎないようにしたつもりですが、女性二人の話でした。ある女性が最愛だった女性の頭蓋骨をなぜか保管していて、それを爆破するまでの映像を撮ってくれ、と依頼される女の人の話です。その作品の反省も踏まえて、次は自分が今までやっていなかったことをどんどん加えていこうと思い、『粉瘤息子都落ち択』では初めて男の話を書いてみることにしたんです。ただ、前の作品で書いた女性も自暴自棄な人だったので、疲れた若者が出てくるのは同じだったと反省しています。
奥泉 今回の小説は、作者と等身大とまではいかないけれども、おそらく作者に近いだろうと読者から見られる人物が主人公。その意味では「純文学」的リアリズムに寄っていると見える。それは時代の断面を切り取ろうという意識があるからでしょうか? というのも、現在は僕がデビューした頃よりもジャンルの裾野は広がっていて、評価もされる。ミステリーもあればSFもあれば、新人賞にもいろいろあるなかで、いわゆる純文学の領域で最初から書こうと考えていたんですか。もっとジャンル寄りのものを書こうという発想はなかったんでしょうか。
更地 ジャンル寄りの小説は、今の自分には技量が足りないと思って避けたんです。ジャンル的に飛躍することなく、日常の延長上で主人公がちょっとヘンなことに巻き込まれるぐらいが、まだうまく書けるのかなと。本当は、もっといろんなことにチャレンジしていかないといけないと思っているんですが、今すごく悩んでいるところがあって……。ご相談してもよろしいでしょうか?
奥泉 なんでしょう(笑)。
更地 『粉瘤息子都落ち択』は、前半は小さな要素を寄せ集めた与太話のような感触で、でも出来事としての地盤はある程度整っていると思っています。ただ、後半に入って、主人公の部屋で事件というかドタバタが起こったあたりから、虚構性が強まっているように感じてしまって。書き終えてしばらく経ってから読み直した時に、「こんなことって起こるの?」と、張りぼてみたいに感じてしまったんです。
奥泉 でも、あの場面は、書きつつある小説の力学のなかで、これはいけるなと思ったから書いたんでしょう?
更地 そうですね。あの時の主人公は躁状態でもあったので、あれくらいのことは起こり得るとは思うんですけれども、本当にこの展開で良かったのかという疑問が拭えないんです。
奥泉 それは、どんな作家にとっても絶えず問題になることだと思いますよ。例えば、カフカは朝起きたら虫になっていたという話を書いた。カフカも書いてしばらく経ってから「あの話って、ちょっと無理があるかもな」と思ったのかもしれませんよね。友人のマックス・ブロートに「自分が死んだら原稿を全部焼いてくれ」と言っているしね(笑)。ブロートが裏切って出版したからカフカの小説は残っているわけなんですが、張りぼてかもしれないという不安は、小説家ならば誰しも持っているものじゃないでしょうか。














