改変歴史小説を書くのは、いまの社会を自覚的に考えているからです『分裂蜂起』佐々木 譲 インタビュー_1
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佐々木譲バージョン5.0はSFとファンタジー

──佐々木さんは二〇一六年に、第二十回日本ミステリー文学大賞を受賞されました。〈わが国のミステリー文学の発展に著しく寄与した作家および評論家〉を対象とする賞ですので、長いキャリアと多くの実績がある佐々木さんにふさわしい賞でしたが、贈呈式のスピーチで述べた「これからは〈佐々木譲バージョン5.0〉を目指す」という発言が印象に残っています。青春小説とサスペンス小説が主だった時代のバージョン1.0、冒険小説に挑んだ2.0、時代・歴史小説にも手を広げた3.0、警察小説を書き始めた4.0というのがご自身で挙げた区切りです。そして5.0はSFやファンタジーへの挑戦であると宣言しました。そのスピーチ後の最初の作品が、改変歴史シリーズ一作目の『抵抗都市』でした。

 私の発言を編集者はあまり本気にしなかったですね。『抵抗都市』の連載を始める前に構想を話したら、担当者は相当面食らっていました。殺人事件が起きて刑事が捜査する話だと強調して、ようやく書けるようになりました。

──年少のころ、ご両親から買ってもらった少年少女文学全集を全部読み尽くし、さらにお父様の大人向けの文学全集にも手を伸ばしたという読書遍歴は以前うかがいましたが、そもそもSFはお好きだったのでしょうか。

 私の高校生時代は一九六〇年代の半ばでしたが、SFが特異なジャンルとは思わずに読んでいました。小松左京、筒井康隆あたり。本好きはジャンルを気にせずに読んでいて、あとから思えばその一部は間違いなくSFだったという認識でした。海外の小説も、手塚治虫が自分の漫画の登場人物にブラッドベリと名付けたり、そういう遊びのようないたずらがあって、もしかしたらこの人のことかなと思って手を伸ばしたりしていました。普通に面白いものの中の一部に、間違いなくSFがあった、ということです。

──くり返しになるかもしれませんが、このシリーズを書こうと思ったきっかけは。

 基本的に日本の近代史に興味がありました。『ベルリン飛行指令』『エトロフ発緊急電』『ストックホルムの密使』の第二次大戦三部作も書きましたし、日中戦争やその周辺も何作か書いてくると、もう一つ前の時代が気になりました。それが「日露戦争」でした。日露戦争は大日本帝国が体験した歴史の大きな局面です。歴史が転換する前後の時代を書きたいと思っていました。その時は特にSFっぽく書きたいという気持ちが強かった。レン・デイトンの『SS-GB』やフィリップ・K・ディックの『高い城の男』のテレビドラマが同じころに放映されまして、その影響もありました。

──前者はナチスがイギリスを支配した世界が、後者は枢軸国側の勝利により、アメリカ合衆国が東西に分割され、ナチス・ドイツと大日本帝国に統治されている世界がそれぞれ背景になっていますね。

 どちらも原作は読んでいまして、その映像化を見て、これはやれる、私はこれをやりたいんだと、それまで自分がぼんやりと思っていたものに対する確信が持てました。

──このシリーズと似た世界設定である『帝国の弔砲』や、タイムリープによって戦争を回避しようという『時を追う者』、ディストピアの日本を描いた近未来小説『裂けた明日』など、最近の佐々木作品は、バージョン5.0宣言に違わない改変歴史小説やSF小説が多く並びますね。

 改変歴史物やSFを書きたいと思うのは、いま現在の社会のことを自覚的に考えているからです。過去のあの時代といまをアナロジーで解釈できるのではないかと。そういう思いで書き始めてみると、いくつかは過去の物語になり、何作かは未来の話になりました。『抵抗都市』をウクライナ侵攻のことを連想しながら読んだ、というような感想がネットには出ていました。『裂けた明日』は国民熱狂の中でファシズム政権が誕生したという設定がもとになっています。

──作品が書かれて数年たったいまの趨勢を見ていると、本当にこんな未来になるのではという恐怖感があります。

『偽装同盟』が出版された時に、やはり本誌で元外交官で作家の佐藤優さんと対談しました。ネットなどではこのシリーズの二帝同盟は日米安保だろうと書かれていることが多いんです。しかし佐藤さんは対談後に、あのロシアは中国ですよねと言ったんです。私が『裂けた明日』で書いた未来は、中国に戦争を仕掛けて敗北する未来でした。佐藤さんはこのシリーズを改変歴史小説というだけではなくて、近未来小説としても読んでくれていたんですね。私も現代への問題意識から過去の話を書いていますが、実はいまの話であり近未来の話なんだという思いがあります。

──SFは思考実験ができる小説であると以前うかがいました。現代の状況を過去に投影した、その思考実験の結果がこのシリーズであるということなのでしょうね。

 その通りです。