美村さんが惚れるような船頭を

美村 先生の作品の表現で好きなのは、なんともいえないような感覚がシンプルに表されているところです。二巻には、タケルについて〈なぜか、そういう思いが全身を包んできた〉という文章が出てきますが、こうした「なぜかそう思う」「理由はないが、今はそう感じる」といった表現が、『森羅記』でも他の作品でもよく出てきますよね。人間、理性的でありたいとは思うんだけど、判然としないまま何かをして、あとになって理屈がついてくるとか、行動したあとに()に落ちるとか……人生ってそういうときのほうが多いなあと私は思うんです。
北方 そうですよ。今日、こうやってお話ししていますが、書くことだってすべてを論理的に説明できません。男と女も同じですよ。好きになってから、なぜ好きになったのかと考えるんです。
美村 今回、ポップな三角関係が出てきますね。満子(みつこ)とタケルと繁安(しげやす)の。
北方 男がバカなんですよ、二人とも。
美村 そして満子さんがまたかわいいんですよ。〈口に掌を当てて、満子が笑い声をあげた〉に、演じたい「オレンジ」の付箋を貼りました。この一文だけで、彼女のかわいさが伝わります。
北方 でも、だんだんかわいくなくなっていきます。
美村 (笑)。先生の書く女性はだんだん強く、男性とはまた違った面で鍛え上げられていきますものね。それにしても二巻に入り、モンゴルでも鎌倉でも動きが活発化して、本格的な戦闘も始まりますよね。シリアスなシーンとのバランスという意味でも三人の群像劇は楽しくて、この先の恋模様も楽しみです。
北方 男同士の友情っていつまでも引きずるんですよ。お互いの情けなさがよくわかるしね。でも彼らは卑怯なことはしなかった。
美村 そうですね。私はとくに、安東(あんどう)繁安が好きですね。天然で行動的な人だけど繊細さも持ちあわせていて、宗教的だったり哲学的なことを図らずも言いますよね。(かたき)を討たれても仕方ないと思うのは〈命の借りを作った〉からとか、〈命は不条理なもの〉とか。魅力的です。
 あと、気になるのはやっぱり水夫ですね。私、大好きな児童文学がありまして、『黒ねこサンゴロウ』という、黒猫の船乗りの物語なんですが。自分が大切に手入れしている船で荷物を運んだり、盗賊と戦ったり、時には危ない仕事もしたりという、子ども向けにしてはけっこうハードボイルドなお話で、海に生きるサンゴロウは陸に上がって二日もすると干上がったような気分になり、海に戻りたくなるんです。『森羅記』にも、これと近い心情が書かれていると思いました。『チンギス紀』には「人馬一体」のカッコよさが詰まっていましたよね。新しいシリーズでは、船の乗りこなしとか、波の読み方とか……水夫たちの活躍に、海を愛する人間としては期待しています。
北方 そうだ。美村さんは釣りもされるんでしたね。
美村 はい。夫がやっていたので一緒に渓流釣りから始めて、海釣りもやるようになりました。実はいま、釣ったクエを家で飼っているんです。
北方 クエを釣ったんですか! 俺、釣ったことないです。
美村 クエは本当に知能が高くて、すぐに私と夫の見分けがつくようになりました。餌をあげるハンドサインも覚えていますし、私の執筆中ずっと見ていてくれて、休憩時間に手を上げて合図を送るとご機嫌になったりします。私にとっては大型犬のゴールデンレトリバーみたいで、かわいいんですよ(笑)。
北方 すごいな。私は船もやるんで船釣りです。これ、何だかわかります?(スマホの写真を見せる) 最近釣ったアカムツです。
美村 すごい! 船、いいなあ。うちは(おか)っぱりなので、根魚狙いなんです。
北方 よし、美村さんのために船頭を書きましょう。美村さんが惚れるような船頭を。今はまだ、おじいちゃんくらいしか出てきていませんからね。梶原(かじわら)水軍の育成をしている老人なんだけど、うらやましいやつです。
美村 孫みたいな年齢の女性と暮らしている里見資慶(さとみすけよし)ですよね。
北方 そう。だけどそろそろ死ななきゃいけない歳なので、どういう死に方をさせようか考えているところです。
美村 自分の死期について考えている人もけっこう出てきますね。
北方 私の歳になるとそういうことを書きたくなるんですよ。
美村 そういうものなんですね。それから、二巻には船を操る人だけでなく、船をつくる技術者たちも個性豊かな面々が登場しますよね。最近、ドクターヘリの整備士不足によって運航休止が続いているという記事を読みました。AIが世の中を席巻するようになったけど、手を動かす技術者がいなくなると文明は倒れてしまうかもしれないと思って。そういう意味でも技術者の重要性が描かれる先生の歴史小説は今につながっているんですよね。自分たちの「土地」を守るために命を懸けるという戦争の本質だって、鎌倉時代も現在も変わっていないとわかります。
北方 日本は元寇の際に、土地を守るために海上で戦ったわけですが、海の上がどれほどつらかったかは、今まであまり書かれてこなかったんです。これから一番苦しい立場になるのが佐志将監(さししょうげん)です。ネタバレになるからこれ以上は言えませんが期待していてください。
美村 はい! あと、リーダーたちの話でいうと、時宗の成長が待ち遠しいのと、クビライは、二巻のラストでショックな知らせを受けたので心配です。優秀な部下たち、支えてあげてくれよと願っています。そして、惚れるような船頭を楽しみにしています!

「小説すばる」2026年3月号転載

美村:ワンピース ¥77,000(税込) /ADORE (ADORE 六本木ヒルズ店 TEL 03-3475-5915)
リング(ダイヤ) ¥77,000 (税込)、リング (黒蝶真珠) ¥107,800 (税込)、イヤリング ¥82,500(税込)、イヤリングに通したピアス ¥57,200 (税込) /shinkai (shinkai flagship shop KURAMAE TEL 03-5829-8206)

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