勝敗にもいろんな色がある
美村 長編を書いていると、こうする予定じゃなかったという展開になったり、内容的な矛盾を回避するために仕方なく出した人物が、妙に人気が出るといった不思議な流れに乗ることがあると、以前、ある小説家のかたにお聞きしました。北方先生にもそういうことはありますか。
北方 私の場合は全部そうです。たとえば『水滸伝』のはじまりで、群衆をどう表現するかを考えたんです。たくさんの人を描写するのではなく、〈頭ひとつ、出ていた〉と書きました。そこから乗っちゃって、十九巻、最後まで変なところに行きっぱなし。でも、そのほうがいいような気がします。
美村 最近一緒に仕事をした映画のプロデューサーに、「今度、北方先生と対談するんです!」と自慢したんですよ。そうしたら「いいですね。僕は北方先生の本の頭の一文と、終わりの一文を、毎回メモしています」と言っていました。
北方 そういうことをしてくれる人がいるんですね。
美村 あらためて冒頭と最後の一文を読み返すといい文章ばかりですが、〈頭ひとつ、出ていた〉は私も印象に残っています。それ以来、背の高い人を見ると注目する癖がついてしまいまして(笑)。
物語の登場人物でいうと、私は右腕キャラや参謀役に憧れるんです。子どもの頃、「キユーピー3分クッキング」のアシスタントをじっと見ていたんですよ。この人は料理家の先生をサポートしながら、カメラマンやスタッフと目を合わせて時間通りに進行している。現場で何もかもわかっているのはこの人だ。こんな大人になりたい、と思っていたので、どの物語を読んでもリーダーの隣にいるような人に惹かれるんですが、先生の物語は、どんな人にも人間的な弱さや、ぽろっと零れ落ちるほころびがありますよね。二巻ではクビライや時頼の寂しさも描かれていて、だからみんなに興味が湧いてしまうんです。
北方 意図して書いているわけじゃないですよ。作者の私が生殺与奪の権利を持っていると思われがちですが、持ってないんです。小説を書くってつまり人を書くわけだから、書いている間にそいつが立ち上がってきて、自分の性格なり感覚なりを身につけていきます。そうすると、作者にはどうしようもなくなっちゃうんですよ。
美村 人間は調子がいいときよりも、どん底のときに真価がわかるとよくいわれますけど、その通りだなと先生の本を読むと思います。『チンギス紀』でも、負けた男たちのその後が味わい深くて。
北方 私は負けてばかりの人生でしたからね。勝って輝くということは全然考えないんです。ただ、敗者といっても、『チンギス紀』では、戦いに負けた後、南方に逃れて、惚れた女と一緒に大商人になる男を書きました。そうすると、そいつは勝者かもしれない。勝敗にもいろんな色があるんだろうと思いますね。
美村 そうですね。人生において勝ち続けるなんてないから、多くの負けと、ちょっとの良きことというか、勝ちと考えてもいいのかな、という解釈的な勝ちが重なりあうのが人生なのだと、小説に教えられています。
役者は誰かの願いをかなえる仕事
――美村さんはさきほど、役者として演じてみたい場面に付箋を貼ったとおっしゃいました。たとえばどこでしょうか?
美村 特に試してみたいのは一巻の、安達景盛が目を開いたまま泣く場面です。
北方 人間って、目を開いたまま泣けますか?
美村 泣けると思います。が、相当こみ上げるものがないと生理的に無理だと思うので、その激って止まらない心情も含めて演じてみたいなと。
北方 ある女優さんが、カメラを向けられた片方の目だけから涙を出せると言っていました。そんなことができるのかと驚きましたね。
美村 できる人はいるでしょうね。私はそこまで器用ではないですが、身体のコンディションと役につながる記憶や感情のかけあわせで、涙を出すタイミングや量をコントロールできる日はあるんです。蛇口を自由に開閉するような感じですね。身体的には塩分濃度が高く、かつ血流が良くないと出しにくいので、毎回うまくいくとは限らないんですが、泣く芝居の前は体を温めて、水分量もピークにもっていくようにしています。
北方 役者さんってすごいなあ。
美村 監督のご要望にはできるかぎり応えたいんです。昔、カトリーヌ・ドヌーヴがインタビューで言っていました。役者というのは自己表現と思われているけど違うのよと。役者の仕事は誰かの――監督や、作家や、見ている人たちの願いをかなえる仕事なんだと。素敵な言葉だな、ずっと覚えておこうと思いました。
北方 言葉といえば、美村さんは文章も書かれるし、短歌も詠まれるんですね。言葉に対して、すごく鋭敏なものと繊細なものを持っておられると思いました。歌集『たん・たんか・たん』の中から、いくつかメモをとったんです。
美村 ありがとうございます。お忙しい中、読んでいただいて嬉しいです。
北方 メモをした一つがこれです。
独りきり月夜の晩を好み砥ぐ夜伽のごとき包丁砥ぎ
夜伽と包丁砥ぎをかけているんですか。
美村 ちょっとだけ。月夜に刃物を持っていると、若干、セクシーな気持ちになるんです。刃物を研ぐのが好きなんていうと、危うい女に思われるかもしれませんが、道具の手入れが好きなんですよ。
北方 私も研ぎ魔だから、その気持ちはよくわかります。
美村 よかったです。本来の能力を引き出された刃物の働きぶりって、いじましいですよね。あるとき満月の夜に包丁を研いでいたら気持ちが盛り上がってきて、よし、月が出ている夜に研ぐことにしようと思って作った歌です。
北方 文章以上に、短歌にはその人の言葉の感覚が表れますね。
美村 ばれちゃうので怖いです。もともと私は、作文は学校で褒めてもらうことが多かったのですが、短歌は全然ダメだったんです。でも出版社に声をかけていただいたので、下手なんだからこういうときは千本ノックだと思って数を作っていたら、楽しくなっていったんですね。同時に、数をこなした後にしか出てこないどうしようもない自分、へとへとになってスカスカになった自分こそが、私の本性だということがわかってきました。65点の歌を作るのが自分のスタイルだなと、ようやく思えるようになって。
北方 いいんじゃないでしょうか。傑作は、書こうと思って書けるものじゃないんです。小説も同じです。65点を書き続けていると、あるときぽつんと120点が出たりするんですよ。
美村 そうですね。自分の中では65点でも、人によってすごく好きと言ってもらえることがあるのも創作の面白さだと思いますし、ありがたいです。ただ自分ができるのは65点を継続していくことだなとも思っています。















