空き容量を作っておく「事前放流」。これを徹底させた
国土交通省が管理する「治水ダム」は洪水を防ぐために使われる。一方で、経済産業省が管轄する「発電用ダム」や、農林水産省が管轄する「農業用ダム」は、水を貯めることだけが目的であり、大雨が降って洪水が起きそうになっても、基本的には協力しない。
「それはウチの管轄ではない」
「発電のための水だから、放流して空き容量を作るわけにはいかない」
大雨が予想されても、利水ダムは満水のまま。結果、川の水位調整に協力できず、水害の被害が拡大する。同じ国のダムでありながら、役所の看板が違うだけで連携が取れない。国民からすれば信じがたい愚行が、何十年もの間、まかり通っていた。
菅氏は、この理不尽な壁を壊した。大雨が降る前に、発電用や農業用のダムも水を放流し、空き容量を作っておく「事前放流」。これを徹底させたのだ。
この改革の効果は凄まじかった。
既存のダムの運用を変えただけで、洪水調節に使える容量は、以前の約3割から6割へと倍増した。この増えた容量は、建設に53年の歳月と5320億円の巨費を投じた巨大ダム「八ッ場(やんば)ダム」の、実に五十個分以上に相当するという。
想像してほしい。新しいダムを一つも造らず、コンクリートも打たず、ただ「仕組み」と「運用」を変えただけで、巨大ダム50個分の治水能力を日本は手に入れたのだ。
これこそが政治の力だ。
官僚機構という巨大なシステムに嫌われるのを恐れなかった
予算をつけて工事を発注することだけが政治ではない。すでにあるリソースを最大限に活用し、省庁の壁を取り払い、国民の利益のために最適化する。知恵と決断力があれば、金を使わなくても国を豊かにし、命を守ることができる。菅氏はそれを証明してみせた。
近年、線状降水帯による豪雨が頻発しているにもかかわらず、かつてのような壊滅的なダムの緊急放流や下流の氾濫が抑えられている地域があるなら、それは空の上からではなく、永田町の官邸から放たれた「鶴の一声」が守ってくれているのかもしれない。
なぜ、他の政治家にはこれができなかったのか。
それは、官僚機構という巨大なシステムに嫌われることを恐れるからだ。官僚は優秀だが、前例のないことを極端に嫌う。失敗して責任を取らされることを何よりも恐れる。だから「今まで通り」を貫こうとする。












