「国民にとっての当たり前を変える」

多くのメディアは、菅氏の人生を「叩き上げの物語」として報じる。

世襲議員ばかりが幅を利かせる永田町・自民党政治において、一般家庭出身者が実力だけで総理になる。それは確かに美しいサクセスストーリーだ。だが、私はあえて言いたい。「菅義偉」の凄みは、そのような立身出世の物語にあるのではない。

「菅義偉」が称賛されるべき理由は、政治家として「何になったか」ではなく、「何をしたか」にある。

政治とは何か。多くの政治家にとって、それは予算を分捕り、地元に利益を誘導し、あるいは国民に新たな規制をかけて縛り付けることと同義になってしまっている。派閥の論理で動き、前例を踏襲し、波風を立てずに過ごす。それが「賢い立ち回り」とされる世界だ。

しかし、菅氏は違った。政治の本質を「国民にとっての当たり前を変えること」と定義し、それを具体的な形にし続けた稀有な存在だった。

わかりやすい例が、携帯電話料金の値下げだ。

数年前まで、日本の携帯料金は高止まりしていた。大手3社による寡占状態。競争原理が働かず、国民は選択肢のないまま高い通信費を払い続けていた。誰もが「おかしい」と思いながら、強固な既得権益を前に、誰も手を出せなかった聖域。

携帯電話の料金や契約に関する管轄省庁である総務省
携帯電話の料金や契約に関する管轄省庁である総務省

菅氏は、官房長官時代からこの問題に執拗に取り組んだ。「4割下げる余地がある」と断言し、あらゆる圧力を跳ね除けて競争環境を整備した。結果はどうだ。今、私たちは以前では考えられないほど安価なプランを選べるようになった。

毎月の支払いが数千円浮く。それは、家計にとって給料が上がるのと同じ意味を持つ。派手な給付金を一度だけ配るよりも、生活の基盤となるコストを恒久的に下げる。これこそが、生活者の目線に立った政治の「仕事」である。

菅義偉がメスをいれたダム行政

そして、私が菅氏の功績の中で最も高く評価し、後世に語り継ぐべきだと考えているのが、「ダム」にまつわる大改革だ。

写真はイメージです
写真はイメージです

日本は水害の国だ。毎年のように豪雨が襲い、川が氾濫し、多くの命と財産が失われてきた。川の氾濫を防ぐにはダムが有効だが、新しいダムを造るには莫大な金と、数十年という長い時間がかかる。それでもコンクリートの塊を新造することだけが解決策だと思われていた。

ここに、日本の役所の悪癖である「縦割り行政」の壁が立ちはだかっていたことは、あまり知られていない。日本には多くのダムがある。しかし、それらはバラバラに管理されていた。