長いスパンで考える習慣の喪失

青木 今のお話を聞いて思い出したことがあります。以前、日本海に面した山口県の小さな村で取材していたとき、地元の古老から印象的な台詞を聞かされたんです。ここは眼前に海があり、周囲に田畑が広がり、背後には山が聳えていると。つまりは漁業、農業、林業が村人たちの生活を支えていて、しかしそれぞれは思想がだいぶ違うんだと。

行政的にはいずれも農水省の所管かもしれないけれど、漁業に従事している人たちは基本的に物事を1日単位で考え、農業に従事している人たちは1年単位で、そして林業に従事している人たちは百年単位で物事を考えるんだと。もちろんどれが素晴らしいとか秀でているとか、そんな優劣の問題ではありませんが、まさに境界線ではそうした多様な人々が長年にわたって生業を営み、都市部に暮らす人々はそれに支えられてきた。しかし、それが一度でも途切れたり、破壊されてしまうと、再生が極めて困難だというんですね。

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内田 林業は壊滅的な状態です。もうしばらくしたら消滅するかも知れません。この道場(内田の道場、凱風館)で使っている杉は、すべてさっき話した林業家の山から伐り出したものです。うちに使った杉は80年前に彼の祖父が植えた杉だそうです。それを切って製材してくれた。ですから、彼が植えた杉も、商品になるのは孫の代なんです。今青木さんがおっしゃったように、林業家は実に長いタイムスパンの中で仕事をしているんです。そういう長いタイムスパンでものを考える習慣も日本人が失ってしまったものですね。

青木 内田さんが先ほどおっしゃった「死者との対話」は自然との対話でもある。僕の本にまた戻って恐縮ですが、102歳の大久保文雄さんが自ら命を絶ったのも、自らが生涯かけて向き合ってきた「境界線」が破壊されたのが最大の理由ですから。

構成/宮内千和子 撮影/三好祐司

百年の挽歌 原発、戦争、美しい村
青木 理
百年の挽歌 原発、戦争、美しい村
2026年1月26日
2,200円(税込)
四六判/224ページ
ISBN: 978-4-08-789024-2

102歳の古老は、なぜ自ら命を絶ったのか?
東日本大震災、福島第一原子力発電所事故から15年
『安倍三代』の青木 理が満を持して放つ、3・11レクイエム

◆内容紹介◆
2011年4月11日深夜、東北の小さな村で、百年余を生きたひとりの男が自ら命を絶った――。
厳しくもゆたかな自然に囲まれ、人と土地が寄り添ってきた村で、何が彼をそこまで追い詰めたのか。
その死の背景を追ううちに見えてきたのは「国策」という名の巨大な影と、時代に翻弄される人々の姿、そして戦争の記憶だった。
『安倍三代』の青木 理が静かな筆致で、現代日本の痛みと喪失をえぐり出し、美しい村の記憶と、そこに生きる人々の尊厳を描く渾身のルポルタージュ。

◆推薦◆
「この本は、ひとつの村の物語であり、同時にこの国の百年の記録である。」内田樹氏
「”この風景は私”と言えるほど土と人が結びついた暮らしを、原発事故によって断ち切られた人々の喪失が、本書には刻まれている。」藤原辰史氏
「貨幣による豊かさの名のもとに、共同体と暮らしがいかに壊されてきたか。その現実を、本書は静かに突きつけている。」田中優子氏

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