「世間では“中間”と同義だと思われていますが…」
斉藤氏は前述の「公明党のサブチャンネル」でも、「中道」という言葉を何度も強調し、こう説明していた。
「中道というのは右と左の真ん中という意味ではありません。大きく、包み込む色々な意見がある中で、合意形成を図っていく(中略)。人間の幸せに焦点を当てた政治をしなくてはいけない。これが中道主義だと思っております」
斉藤氏がここまで「中道」と繰り返すのはなぜだろうか。
「実は、創価学会の池田大作名誉会長が公明党をつくった時に、『中道政治で行くんだ』ということをおっしゃっているんですよ。創価学会員はよく知っているんだけども、中道というのは、もともとお釈迦様の言った言葉とされる仏教用語です。世間では“中間”と同義だと思われていますが、内部では、斉藤氏が説明するように、相対立する両極端のどちらにも執着せず偏らない見識・行動と定義しています」(前出・公明党関係者)
信濃町駅付近にいた熱心な創価学会会員(50代・男性)もこう語る。
「イデオロギーじゃなくて、人間を中心とした、人々の幸せを実現するためのっていう意味での中道なんですよ。安保法制にしたって、我々は歯止めをかけたと思っていました。でも野党からすれば『なんで賛成してるんだよ』、自民党からすれば『何ブレーキ踏んでるんだよ』みたいな。どっちにも振れないっていうこともそうだと思うんですよね」
創価学会としても、「中道」という言葉には、特別な意味が込められているということだろう。昨年10月に公明党が連立を離脱し、自民党と決別した後、この「中道路線」を貫くという姿勢が前面に出てきていた。
「創価学会員の中には、イデオロギー的な側面の強い高市総理に対する警戒感もあったし、自公政権を続ける中で『これは人間の生活を根本とする“中道政治”とは離れていってしまっているのではないか』という想いが募っていた面があるのは事実です」(創価学会関係者)














