長く続けると見えるもの
――宇山さんは二〇二五年で小説家デビュー十年。大橋さんも子役時代から長く活躍しておいでですが、改めてこれまでを振り返ってみていかがですか。
大橋 僕は今の事務所に入ってから十七年目で、その前からを含めると芸能のお仕事をするようになって二十一年です。怒濤のようでしたね……。今の事務所に入った時に、最初は高校卒業までやろうと決めていたんです。でもある舞台で初めて外部の人と仕事をする機会があって、広い世界が見えたので、もうちょっと続けてみることにしました。ちょうどその時になにわ男子が結成されることになって、それでまた世界が広がって。
今日の対談もそうですが、続けていくことで新しい出会いがあるんだなと感じています。これからもまだ新しいことがあるんだろうと思うので、何年も重ねていくことの楽しみが増えましたね。
宇山 二十一年も厳しい世界で闘ってきただなんて、並大抵の努力ではなかったと思います。本当にすごいことです。様々なご縁や出会いがあって道を切り拓いてきたんですね。
あくまでご自身は「アイドル」なのだとおっしゃっていましたが、アイドルとして誰かを笑顔にしたい、という気持ちはずっと変わらずですか?
大橋 そうですね。昔、スーパーヒーローとか仮面ライダーがめっちゃ好きやったんです。だから人を元気にしたい、笑顔にしたいという思いはずっとありました。小学校二年生でダンスと歌の世界に入った時も、最初は嫌々やったんですけど、僕のダンスを見た人が「カッコいい」「すげえな」って言ってくれたことがあって。その時その人がめちゃくちゃ楽しそうに話してたんで、「あっ、ヒーローと職業は違えど、ダンスと歌でも人を元気にできんのや」と気がついたんですよね。最初はゼロだったんですけど、だんだんファンになってくださる方も増えてきて、初めてファンレターをもらった時はすごく嬉しかったな。「大橋君がいるから頑張って生きられます」というような、あたたかい言葉が長文で書かれていて……。心の底からもっと頑張ろうと思いましたね。ファンの皆さんの笑顔を見ると僕も笑顔になれるし、僕の笑顔を見るとファンの方々も笑顔になれる。笑顔と元気をシェアできることが、この仕事のすごくいいところだってずっと思っています。
宇山 そうですよね。僕も時々ファンレターをいただくんですけど、この時代に手紙をもらえるのは嬉しいですよね。文房具屋さんに行って便箋を選んでくれたのかなとか、若い子だとご家族に住所の書き方を教えてもらったんだろうなとか、手紙を出すまでのストーリーを考えると、本当にありがたく思います。
大橋 本当におっしゃる通りで、言葉はもちろん、便箋からもほんまに気持ちが伝わるんですよ。前に自分より一まわり二まわり下、五歳ぐらいの子が書いてくれた手紙が届いたことがあって。こんな小さい子まで応援してくれてるなんて、と感激しました。
――宇山さんは小説家として書いてこられた十年間を振り返ってみて、いかがですか?
宇山 僕はもともと脚本家になりたかったので、まさか自分が小説を書くだなんてまったく考えていませんでした。『桜のような僕の恋人』の頃は、脚本家の宇山佳佑が小説を書いているというような感覚が自分の中にあった。小説家として十年が経って、書ける範囲が少しずつ広がってきて、ようやく表現したいことが小説で書けるようになってきたように思います。そういう意味で、やっと小説家になれたのかなと。ようやくスタートラインに立てたといいますか。これから次の十年でもっといい表現を、もっといい物語を書けるようになりたいですね。
大橋 宇山さんのドロドロした作品が読める日も近く訪れるかもしれませんね(笑)。
宇山 僕も大橋さんの書いた小説をいつか読んでみたいです! もしお書きになられたら、ぜひ読ませてください。今日はお忙しい中、ありがとうございました。
大橋 お話しできて本当に楽しかったです!















