おじさんへの「キモい」を男の子に当てはめていいのか?
天野 「キモい」が女性自身を守るセンサーだということに対して、「差別用語がセンサーかよ?」みたいな感じで批判も殺到したと記憶しています。
ですが、確かに川口さんがおっしゃる通り、特定の行為がその「キモさ」を生む文脈では、一部どうしても引き受けなければいけないところはあるのかなと納得しました。
先日、ハラスメントについての授業をしていたときに、女子学生が中学校時代のプールの授業での体験談を話してくれたんです。女性用の水着って背中が大きく開いているじゃないですか。あそこを突然、中年の男性教諭に指でなぞられたというんですね。
彼女がそのエピソードを話したら、教室中のみんなが「キモーい!」「ぎゃー!」という感じになったんです。この文脈だったら確かに「キモい」って言われることは引き受けなければいけない。
オジサンに限った話でもなく、相手が誰であれ、不意の身体接触は警戒される。この感覚は、男女関係なく共有しておくべきだし、「キモい」がセンサーとして働いていると言う北原さんの説もわからなくはない。
ただ、中年のオジサンは一律にみんな「キモい」というバイアスが入っているようなところもあり、男性の総体としてはそれを申し訳なく引き受ける必要はないのかもしれない。
実際に教室でその話を聞いた私や他の学生たちは、その男性教諭を知らないけれども、その行為とオジサンの中年らしい容姿をなんとなく掛け合わせて、勝手に想像しながら「キモい」と思ってしまうわけです。この雑多なイメージだけで「キモい」という言葉が発せられ、カジュアルに「キモいオジサン」と決めつけられることがまかり通るのは不適切だと言いたい。
「キモい」は、実践的には危険をキャッチするセンサーだとしても、主語の大きい抽象化された文脈では偏見にもなり得る。個人の感じる不快感を否定することはできないけど、直接的な被害を受けていないのに、その感情を一方的に誰かにぶつけていいわけではないはずです。
その一方で、その言葉が小さな男の子たちに向けられた場合、どういう影響があるのだろうということも考えます。これは僕の子ども時代の体験にもあるんですけど、「男子キモい」みたいなことを軽々しく冗談で言うでしょう。僕はこの言葉に結構傷ついてきたし、「自分はキモいのか?」という悩みもずっとありました。こんな体験を今の男の子たちにはさせたくないなと僕は思っています。
10年ほど前の出来事ですが、3歳になったばかりの女の子が、ある日突然、「男子キモーい」という言葉を覚えて、笑顔で楽しそうに使うようになったんです。
3歳児ですから、北原さんが論じた身を守るセンサーのような意味合いはまだないはずですし、実際に男子からその子に対する具体的な接触や侵害行為もありませんでした。
この子自身は、この言葉の差別的な意味合いになど気づいてなかったと思いますが、いつの間にか周囲の大人たちから「キモい」を輸入して無邪気に遊びの中で活用しているわけです。僕は、この女の子も差別者にしたくない。「男子キモい」って、最初から原罪的じゃないですか。
それが幼い子どもたちの間で再生産されることには、反対です。SNSでは「キモい」がカジュアルに使われて、酷い話ですが、その中には乳幼児期の男の子たちまでをも「加害幼虫」などとヘイトする表現も飛び出しました。こうした主語の大きさも、「雑」に「キモい」を増幅させている要因だと思います。












