大学受験に失敗し、浪人中に潔癖症を発症
「そこのチリチリ。天パー」
西沢敦司さん(62=仮名)は幼いころから、くせ毛だった。中学に入り国語の教師がそう呼び始めると、すぐにクラス中の生徒がマネをした。西沢さんは嫌でたまらなかったが、いじめられていることを親にも言えなかったという。
「くせ毛は父や母からの遺伝だから、なんか悲しませるのも嫌だったし」
父親は都の交通局に勤務し、バスガイドをしていた母親と結婚。母は専業主婦になり、西沢さんと兄を何不自由なく育ててくれた。
西沢さんは小学生のころは公園で野球をするのが好きだったが、スポーツ刈りにするのが嫌で中学の野球部には入らず、バトミントン部に入った。区の新人戦で優勝して表彰されたこともある。
高校では物理や数学が好きでクラスでも1、2番の成績だった。大学は行けるものだと思っていたが、受験に失敗。浪人中に強迫性障害のひとつである潔癖症(不潔恐怖)の症状が出始めた。
「バスでも電車でも、つり革や棒につかまるのが怖くなっちゃって。人が座ったところにも座れなくなっちゃったんです」
結局、3浪した末に、2年制の専門学校で電子工学を学ぶことに。
「暗記が得意だったので定期試験はよかったけど、暗記だけじゃ受験はダメなんだな。そう思って、方向転換したんです。でも、授業は簡単過ぎてつまんないし、友だちもできませんでした。誰もいない教室でひとりでお弁当を食べたりしてましたね」
性的な病気ではないかと悩んだ末に……
悲惨な学生生活に追い打ちをかけたのは、潔癖症の悪化だ。
「通学路にラブホテルとかあって、排泄物が入ったゴミや風俗雑誌が捨てられているんですよ。そういう汚いものに触ってないのに、触ったんじゃないかと気になってしまって。母親と歩いているとき我慢しきれなくなって、地べたを這いつくばって、『わあー!もう嫌だー!』って叫んだことも。タクシーに乗せられて帰ってきたそうですが、まったく覚えてないんです」
当時、テレビでは性風俗の特集などをよくやっていた。そうした番組を見たことで、別な強迫観念にも悩むようになる。
「僕も男だから、ちょっと興味はあったりするから見たんですね。もちろん性風俗の店には行ってないんだけど、そういったお店がある新宿の学校に行ってるから、自分自身が汚くなっているんじゃないか、自分は性的な病気にかかってるんじゃないかと思うようになったんです。お風呂に1時間くらい入って、洗っても、洗っても、落ちてないんじゃないかと思って、親に『いい加減出なさい』って言われても、出られなくなっちゃって」
中学のときと同様、親には何も言えず1人で悩んでいた。だが、耐えられなくなり、ある日、両親にこう言った。
「僕、もしかしたら病気かもしれないから、泌尿器科に行きたい」
「なんでだ?」と聞かれても、「とにかく行かせてくれ」と繰り返した。検査して医師に「大丈夫だ」と言ってもらったが、まだ不安な気持ちは消えない。もう1度診察を受けて少し落ち着いた。
だが、今度は電車に乗っていて泌尿器科、性病科などの看板が見えただけで、嫌な気持ちになるように。懸命に「自分とは関係ない」と切り離して考えるようにしたそうだ。