全米で約7割の科学者が国外移住を検討…トランプの大学への攻撃で失う研究力とソフトパワー、アメリカンドリームの終焉
トランプがハーバード大学に攻撃を加えている。助成金を打ち切ったり、留学生の入国を制限する政策を行い、実際に留学生たちは当局から拘束されてしまう恐怖に怯えているという。これらの政策が戦後80年間アメリカの力の源になってきたものを破壊していると指摘するのが、アメリカ政治研究者の三牧聖子氏だ。哲学者の李舜志氏が、終わりゆくアメリカについて話を聞いた。
改めて「普遍主義」の意味を問う
李 そうですね。欧米を追いかけなくても、我々には我々の思想があります。ただ日本の哲学や思想ってちょっと危険、と言ったら研究者の方に失礼かもしれないですけど、戦時中に大東亜共栄圏の構想を肯定するために使われた歴史があります。そういう危険性ももちろんあるんですけども、でもそれだけではなくて、先ほども述べたような「日本のPlurality(プルラリティ)」といえる思想や文化が、ささやかながら存在しています。
三牧 私も、そもそも研究者を志した頃は、戦前日本の知識人の平和観を研究していました。1930年代に首相を務めることになる近衛文麿が、第一次大戦後のパリ講和会議が間近に迫る中で執筆した「英米本位の平和主義を排す」という論文があります。
国際平和の実現を掲げて、史上初の普遍的な国際組織として国際連盟が、当時のアメリカ大統領のウッドロー・ウィルソンが中心となって、欧米主導でつくられたけれど、日本人としては、欧米が唱道する「普遍」や「平和」を鵜呑みにして、そのまま賛同することはできない、そう近衛は警告しています。
実際、国際連盟の規約を見ると「人種平等」も書いていないし、欧米が植民地を支配している状況も追認している。「日本人は、欧米が掲げている普遍主義が実は御都合主義であるところを見抜いて、日本人の立場から、どのような普遍主義を求めるかを発信しなければいけない」といった趣旨のことを、近衛文麿は言っている。その思考の型がすごく面白いと思ったんです。
その後アメリカ研究を始めてからも、この視座は生きていて、アメリカ人が語る「普遍」を批判的に研究してきました。アメリカは普遍的な理念を語るのが大好きなんですけども、往々にしてそこには非欧米世界は含まれていない。
アメリカの歴史というのは、普遍的な理念をずっと語っていたけれど、そこに含まれていない人がたくさんいて、「女性が入っていないではないか」ということで女性参政権の運動が起こり、「黒人が入っていないではないか」ということで公民権運動が起き、常に「普遍」の内容を更新してきた。
しかし、国際社会については、こうした「普遍」の更新は停滞している。「法の支配」や「人権」を掲げていても、アフガニスタンやガザのように、欧米によって、あるいは欧米に幇助された存在によって「法の支配」も人権も踏みにじられている国・地域がたくさんある。いよいよ欧米が語る「普遍」の欺瞞が誰の目にも明らかになる今、それでも普遍的な理念を手放さないために、異なるアプローチが必要になっているように思います。
イスラエル軍の攻撃により建物が破壊されたガザ地区の様子 写真/Shutterstock
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今回、『PLURALITY』を書くにあたって、タンさんはそのような欧米の状況に対するカウンターとして書いたのかどうか。私は、反欧米、といった要素はあまり感じずに、純粋に普遍的な価値を探究しているような印象を受けたのですが、そのあたりはいかがですか?
李 やはり対欧米というよりは、独自の価値観を見出そうとして書いたのだと思います。というのも『PLURALITY』の最後のあたりに、これから我々が学ぶべき文化として、「アメリカ、EU、中国」と三つの異なる文化圏を併記しているんです。「Pluralityは、これらの国々・地域の達成から謙虚に学んでいける」というふうに。だから何かに対するカウンターというより、多元的に学んで、独自の価値を出していこうとする試みだと思います。
オードリー・タンさんのポジションってかなり微妙というか、薄氷を踏むように、中国というまさに今迫っている脅威に備えつつ、下手に刺激しないように、オープンで人々が協働する民主主義を広めていこうとしている。それはものすごく神経を使う作業で、本当に慎重に言葉を選びながら、人々をエンパワメントしていく感じだと思います。
もう一人の著者のE・グレン・ワイルさんは、もうはっきりと「今や欧米はビジョンを世界に提示できていない」と言っています。そして僕たちに対するリップサービスだと思うんですけど、「これからは日本みたいな国が、欧米的な民主主義とは違う民主主義のビジョンを生み出していってほしい」と言っていました。半分はリップサービスだとしても、模倣するだけではない民主主義を、自分たちで目指さなければいけないことは確かです。
構成/高山リョウ 撮影/内藤サトル
PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来
オードリー・タン (著)、 E・グレン・ワイル (著)、 山形浩生 (翻訳)、⿻ Community (その他)
2025/5/2
3,300円(税込)
624ページ
ISBN: 978-4909044570
世界はひとつの声に支配されるべきではない。
対立を創造に変え、新たな可能性を生む。
プルラリティはそのための道標だ。
空前の技術革新の時代。
AIや大規模プラットフォームは世界をつなぐと同時に分断も生んだ。
だが技術は本来、信頼と協働の仲介者であるべきだ。
複雑な歴史と幾多の分断を越えてきた台湾。
この島で生まれたデジタル民主主義は、その実践例だ。
人々の声を可視化し、多数決が見落としてきた意志の強さをすくい上げる。
多様な声が響き合い、民主的な対話が社会のゆく道を決める。
ひるがえって日本。
少子高齢化、社会の多様化、政治的諦観……。
様々な課題に直面しながら、私たちは社会的分断をいまだ超えられずにいる。
しかし、伝統と革新が同時に息づく日本にこそ、照らせる道があると著者は言う。
プルラリティ(多元性)は、シンギュラリティ(単一性)とは異なる道を示す。
多様な人々が協調しながら技術を活用する未来。
「敵」と「味方」を超越し、調和点をデザインしよう。
無数の声が交わり、新たな地平を拓く。
信頼は架け橋となり、対話は未来を照らす光となる。
現代に生きる私たちこそが、未来の共同設計者である。
2025年1月17日
1,045円(税込)
新書判/224ページ
ISBN: 978-4-08-721347-8
今、もっとも注目されるZ世代ジャーナリストと、アメリカを語るうえで欠かせない研究者が緊急対談!
民主主義の真実〈リアル〉とは?
メディアの偏見〈バイアス〉とは?
ドナルド・トランプが再選された2024年の米大統領選挙と並走しながら、米国を見つめてきた論客が対話。
超大国のリアルと、山積する“未解決問題”について議論する。
「反ユダヤ主義」には過剰反応しつつイスラエルのジェノサイドを黙認する大手メディアの矛盾、中国やロシアの言論統制を糾弾しつつ米国内のデモ取り締まりは擁護する自国の民主主義への絶望――。
今、アメリカの価値観は一体どうなっているのか。
日本が影響を受けざるをえない国の分岐点と未来、そして新たな日米関係のあり方が見えてくる一冊。
【目次】
はじめに――カマラ・ハリスの敗北で「リベラルは終わった」のか?
第1章 日本から見えないアメリカ
第2章 バイデンはなぜ嫌われたのか?
第3章 世界の矛盾に気づいたZ世代の抵抗
第4章 ポスト・アメリカン・ドリームの時代に
第5章 日米関係の未解決問題
第6章 これからの「アメリカ観」
おわりに
テクノ専制とコモンへの道 民主主義の未来をひらく多元技術PLURALITYとは?
李 舜志
2025年6月17日発売
1,188円(税込)
新書判/264ページ
ISBN: 978-4-08-721369-0
世界は支配する側とされる側に分かれつつある。その武器はインターネットとAIだ。シリコンバレーはAIによる大失業の恐怖を煽り、ベーシックインカムを救済策と称するが背後に支配拡大の意図が潜む。人は専制的ディストピアを受け入れるしかないのか?
しかし、オードリー・タンやE・グレン・ワイルらが提唱する多元技術PLURALITY(プルラリティ)とそこから導き出されるデジタル民主主義は、市民が協働してコモンを築く未来を選ぶための希望かもしれない。
人間の労働には今も確かな価値がある。あなたは無価値ではない。
テクノロジーによる支配ではなく、健全な懐疑心を保ち、多元性にひらかれた社会への道を示す。
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