石油開発ビジネスから国境なき医師団へ

――「国境なき医師団」の活動にたずさわった経緯を教えてください。

私が国境なき医師団で活動をはじめたのは、2008年のことです。大学卒業後に石油開発会社に就職して、中東やアラブ諸国と関わるようになりました。石油開発は政治色の強いビジネスです。中東の歴史や政治を知っていくなかで、様々な矛盾を知りました。

まさに、パレスチナ問題がそうです。ガザ地区とは何か。なぜ、パレスチナに住む人々の対立が続くのか……。国際政治や外交がもたらした混沌によって、犠牲となる人たちがいる。おかしいじゃないか――。青臭いと言われるかもしれませんが、ずっとそんな怒りを覚えていました。

国際援助のなかには、10年、20年、30年先を見据え、復興の手助けをする開発支援や経済援助もあります。ただ私は、いままさに危機に瀕している人たちに人道援助をする活動をしたかった。そして現場の医療活動をサポートするロジスティックスや総務、人事、経理の担当者として、国境なき医師団に加わりました。

2011年に独立のための住民投票を控えた旧スーダン南部(現南スーダン)の現場責任者となり、国々の活動を統括する責任者を経て、2017年より緊急対応コーディネーターになりました。活動地は、シリア、イラク、イエメン、南スーダン、ウクライナ、スーダン、ガザ地区、レバノン、ミャンマーなどです。

萩原健 国境なき医師団緊急対応コーディネーター。1967年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学卒業。石油開発企業勤務を経て2008年から国境なき医師団に参加。2017年から緊急対応コーディネーター兼活動責任者に。紛争、難民・国内避難民、災害、感染症流行対応など、数々の現場を経験し現在に至る
萩原健 国境なき医師団緊急対応コーディネーター。1967年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学卒業。石油開発企業勤務を経て2008年から国境なき医師団に参加。2017年から緊急対応コーディネーター兼活動責任者に。紛争、難民・国内避難民、災害、感染症流行対応など、数々の現場を経験し現在に至る
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――緊急対応コーディネーターとはどんな役割なのでしょうか。

端的に言えば、現場で活動するチームのリーダーです。ガザでは3つのチームが活動しています。各チーム10人前後の海外派遣スタッフのほか、現地のスタッフもいます。

医療活動というのは、今日運ばれてきた瀕死の人を蘇生させて、それで終わりというわけではありません。その後入院や通院が必要な患者さんもいます。専門的な治療が必要な場合もあります。

包帯の取り換えにしても、一度包帯を巻いてそれで終わりというわけではありません。手術後の適切なフォローアップがなければ、感染症を引き起こすリスクも高まり、生死にかかわる事態にもなります。

継続的な医療の提供は、責任ある医療団体として、国境なき医師団の最大のミッションの一つですが、治安情勢が不安定な紛争地域において、活動の継続性は、安全が確保できるかにかかっており、非常に難しい課題です。

また情勢が不安定で流動的なガザのような紛争地では、状況次第でニーズは変わります。緊急事態にある現場でいかに対応するのか、そこには定型の教科書のようなものはありません。

患者とスタッフの安全を確保しながら医療活動を継続させるには、都度情勢を分析して合理的な判断をし、実現可能な活動の枠組みと指針を立てチームを指揮していく必要があります。それが、緊急対応コーディネーターの役割です。