AIは蔦屋重三郎になれるか? 「編集」に必要なビジョンとは?「AIで全部解決」という未来は来ない
現在放送中のNHK大河ドラマ『べらぼう 〜蔦重栄華乃夢噺〜』は、江戸のメディア王と称される蔦屋重三郎の生涯を描く作品。彼は武家や町人、役者、戯作者、絵師など、さまざまな分野を結びつけ編集し、江戸の出版文化を彩ったことで知られている。
本記事では『テクノ専制とコモンへの道 民主主義の未来をひらく多元技術PLURALITYとは?』(集英社新書)の著者、李舜志氏(法政大学社会学部准教授)と、江戸研究の第一人者である田中優子氏(法政大学名誉教授)が、SNSにおけるアルゴリズムの問題と、AI技術が今後「編集能力」を獲得するにあたって見過ごしてはならないものが何かを考察する。
信頼を築くための新技術を
李 今のお話を聞いていて、政治の場面でAIによる意思決定がなされていくと、非常に危険だなと思いました。たとえば加藤陽子先生の『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(新潮文庫)という本がありますが、いかに当時、実はほかの選択肢もあったけれど、戦争に向かう道を選んで行ったのかという積み重ねが描かれています。歴史を学ぶって、何年にこういうことがあったとかを暗記するだけではなくて、「他にもあり得たのにこうなった」ということを知ることが大事じゃないですか。
でもAIが政治の意思決定の中心になってしまうと、あたかも「自然とそうなった」みたいに思われる。もし戦争になったとして、「他に選択の余地はなかった」というふうに思われるのは非常に危険ですよね。
田中 AIが権威になってしまうのね。
李 そうなんです。AIが「戦争しろ」と言うと、「あ、したほうがいいのかな」みたいに思う人たちが出てくる。「だってAIが言ってるから」と。
田中 そうそう、そうなる。だから今回の本で「第三の道」として紹介してくださった色々なテクノロジーは、デジタルがなければできないし、そこでAIも活用されることになると思うんです。だからこそ、その時に「AIで全部解決!」というふうにはならないということを、私たちはわかっておかなければならない。
李 おっしゃるとおりで、今回の僕の本は、テクノロジーに詳しい人からしたら、「ブロックチェーンの話題が少ない」と言われるだろうと思っています。ブロックチェーンは「トラストレスなテクノロジー」と言われていて、トラストは「信頼」ですから、「信頼の不要な技術」ということです。
ブロックチェーンを使った有名なものとしては、ビットコインのような仮想通貨があります。日本銀行とか日本国みたいな中央の機関に対する信頼がなくても、お金として扱えるということで、ブロックチェーンは「信頼がなくても駆動するシステムを可能にする」と言われています。
写真/Shutterstock
でも、PLURALITYを提唱しているオードリー・タンとかグレン・ワイルたちは、ブロックチェーンを否定しているわけではないですが、テクノロジーというのはトラストレスではなくて、「トラストビルディング」であるべきだと言っています。
つまり「信頼を築くための技術」ということです。たとえば意見が対立している人同士が、「コミュニケーションをしなくても、AIのおかげで社会が回るから楽だね」ではなくて、なによりも人の間の信頼が大事で。これはAIとか技術以前の問題です。
そしてオードリー・タンも釘を刺すように言っているんですけど、台湾でコロナ禍の対応とかがうまくいったのは、やっぱり国民が政府を信頼していたからなんです。「自分の情報が政府に渡っても大丈夫」という信頼があったから、テクノロジーも駆動したわけで。信頼がないところにいきなり台湾のテクノロジーを持ってきても……。
田中 じゃあ日本ではかなり困難。台湾の投票率はすごいでしょう。90%以上あります。だから社会に信頼性があるということが前提なんですよね。
李 そうですね。今回の本と対談では最新のテクノロジーについて話しましたが、「技術の導入さえすればいい」というふうに誤解してほしくなくて。やっぱり人々の間だったり、市民と政府だったり、市民と大学とかの信頼関係が大事です。だから最新のテクノロジーと並行して、「合意の形成」や「信頼の醸成」も進めていかなければいけない。そういうことが伝わればいいなと思いました。
構成/高山リョウ 撮影/岩根愛
テクノ専制とコモンへの道 民主主義の未来をひらく多元技術PLURALITYとは?
李 舜志
2025年6月17日発売
1,188円(税込)
新書判/264ページ
ISBN: 978-4-08-721369-0
世界は支配する側とされる側に分かれつつある。その武器はインターネットとAIだ。シリコンバレーはAIによる大失業の恐怖を煽り、ベーシックインカムを救済策と称するが背後に支配拡大の意図が潜む。人は専制的ディストピアを受け入れるしかないのか?
しかし、オードリー・タンやE・グレン・ワイルらが提唱する多元技術PLURALITY(プルラリティ)とそこから導き出されるデジタル民主主義は、市民が協働してコモンを築く未来を選ぶための希望かもしれない。
人間の労働には今も確かな価値がある。あなたは無価値ではない。
テクノロジーによる支配ではなく、健全な懐疑心を保ち、多元性にひらかれた社会への道を示す。
PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来
オードリー・タン (著)、 E・グレン・ワイル (著)、 山形浩生 (翻訳)、⿻ Community (その他)
2025/5/2
3,300円(税込)
624ページ
ISBN: 978-4909044570
世界はひとつの声に支配されるべきではない。
対立を創造に変え、新たな可能性を生む。
プルラリティはそのための道標だ。
空前の技術革新の時代。
AIや大規模プラットフォームは世界をつなぐと同時に分断も生んだ。
だが技術は本来、信頼と協働の仲介者であるべきだ。
複雑な歴史と幾多の分断を越えてきた台湾。
この島で生まれたデジタル民主主義は、その実践例だ。
人々の声を可視化し、多数決が見落としてきた意志の強さをすくい上げる。
多様な声が響き合い、民主的な対話が社会のゆく道を決める。
ひるがえって日本。
少子高齢化、社会の多様化、政治的諦観……。
様々な課題に直面しながら、私たちは社会的分断をいまだ超えられずにいる。
しかし、伝統と革新が同時に息づく日本にこそ、照らせる道があると著者は言う。
プルラリティ(多元性)は、シンギュラリティ(単一性)とは異なる道を示す。
多様な人々が協調しながら技術を活用する未来。
「敵」と「味方」を超越し、調和点をデザインしよう。
無数の声が交わり、新たな地平を拓く。
信頼は架け橋となり、対話は未来を照らす光となる。
現代に生きる私たちこそが、未来の共同設計者である。
2024/10/18
1,100円(税込)
256ページ
ISBN: 978-4166614721
2025年大河ドラマ『べらぼう』の主人公は、蔦屋重三郎。
花の吉原振り出しに
才人鬼才をより集め
幕府に財産取られても
歌麿写楽をプロデュース
この蔦重こそ、数多くの洒落本、黄表紙、狂歌を世に出し、歌麿、写楽を売り出した江戸最大のプロデューサーだった。その華麗な人脈は太田南畝、山東京伝、恋川春町、酒井抱一、市川團十郎、葛飾北斎、曲亭馬琴、十返舎一九とまさに江戸文化そのもの。
江戸文化とは何か、文化を創り出すとはどういうことか。豊富な図版を入口に、人を編集し、文化を織り上げた、蔦重の「たくらみ」に迫る。