生煮えの外交方針
外交フェイズでも課題は山積みだ。現在、李新政権は実用主義のもと、米韓同盟基軸、日米韓の連携を維持しつつ、その一方で地政学的に近いロシア、中国、北朝鮮との関係改善を進めるという、「李在明版新アジア外交」とでも呼べるような外交方針を打ち出している。
しかし、その内容は曖昧模糊としており、実際にはいざ実現させようとなると両立が難しいメニューばかりということに気づくはずだ。たとえば、韓国は日本同様、中国封じ込めを視野に同盟強化を求めるアメリカと、トランプ関税にともに対抗すべく関係を進化させようという中国との板挟みにあって苦悩している。
韓国にとって中国、アメリカは貿易1位と2位の相手国だ。どちらも大切なお得意様だけに、どちらか片方だけを選ぶのは難しい。なのに、7月8日が期限の対トランプ関税交渉の場でどのようにアメリカに回答すべきなのか、いまだに明確な方針は打ち出されていない。
トランプ関税ショックで、今年5月の対米輸出は8.1%も落ち込んでしまった。もし、交渉に行き詰まり、半導体、自動車、鉄鋼、化学品の輸出がさらに細れば、李新政権にとって一丁目一番地の公約である民生経済回復の公約が破綻したとして、いきなり支持率急落の憂き目にあってもおかしくない。
李新大統領が意欲を見せる、北極航路開設をテコとした対ロシア関係の改善も行く先不透明で、その実現性は低い。対北朝鮮交渉も憲法改正までして「統一放棄」、「韓国敵国」と規定し、徹底した韓国無視を続ける北朝鮮を動かすことはできそうもない。
李新政権としては北朝鮮が韓国を無視することによって生まれた奇妙な南北間の静けさ・小康状態をマネジメントするくらいで終わりそうだ。李新政権の外交方針はかなり生煮え度が高い。
対日関係は任期前半までは良好?
となると、気になるのは「日本と仲よくしたい。実用主義に基づき、尹前政権が築いた良好な対日関係を維持する」と発信している李大統領の約束がどこまで信用できるのかという点だろう。
結論としていえば、任期前半までは日韓関係は平穏を保つだろうと予測する。注目すべきは李大統領本人や外交ブレインの追加発言だ。日本ではあまり報じられていないが、李大統領は「日本の軍備増強は韓国にとってマイナスではない」とさえ発言している。
日本の軍拡に神経を尖らせてきた進歩系政党出身の大統領としてはかなり踏み込んだ発言で、対日関係維持を望む本気度はかなり高いと見るべきだろう。
実際、大統領選でも対日関係は大きな争点になっておらず、李新政権にとって最大の課題が民生経済回復、内乱終息、対米・対中関係のマネジメント最適化の3点であることを考えれば、貴重な外交的体力を消耗してまでも歴史問題や領土問題で日本と争うメリットは乏しい。
対日関係の現状維持は外交公約の柱のひとつだけに、任期5年間の前半、少なくとも来年にある統一地方選挙までは公約違反の批判を嫌って保持されるだろう。
ただ、3年後の2028年に予定されている国会議員総選挙時になると、どうなるかはわからない。もし、その時に政権支持率がガタ落ちとなっていれば、場合によっては求心力回復のために李大統領が反日カードを切ってくる可能性はゼロではない。
もともと李大統領は理念よりも現実重視で、ポピュリスト的な傾向のある政治家でもある。国民受けがよく、支持率アップを狙えると判断すれば、徴用工問題などで日本企業に補償金の一部供与を求めるなど、日本を揺さぶってくることになるかもしれない。
文/姜誠