内乱終息の公約実現に向けた動きも迅速だ。与党となった民主党と示し合わせ、就任2日目の6月5日に12・3戒厳令宣布をめぐる内乱事件などを検察から独立した特別検察官に捜査させる特検法3本をスピード成立させたのだ。
これまで内乱捜査は検察総長も歴任した尹前大統領への遠慮もあって、検察の捜査は遅々として進まなかった。しかし、検察から独立した特検が実現すれば、内乱容疑に加え、これまで手つかずだった外患罪容疑の捜査も進むはずだ。
戒厳令布告までのプロセスでは北朝鮮にドローン機を侵入させたり、NLL(南北海上境界線)付近で砲撃訓練を行うなど、韓国軍による北朝鮮への挑発行為が散見された。
同時期に韓国軍は3000袋もの遺体バッグを大量発注している。そのため、韓国内では「尹前大統領は北朝鮮を挑発して南北軍事衝突を起こし、それを口実に戒厳令を宣布しようと考えたのではないか。3000袋もの遺体バッグは南北紛争による大量死者発生に備えたものではないか」との疑惑がくすぶっている。
事実なら尹前大統領は内乱罪に加え、外国による韓国への攻撃を誘発した外患罪でも裁かれることになる。
就任直後に見せた李新大統領のこうした素早い仕事ぶりがあざとい計算まがいの演出なのか、それとも李在明という政治家の本性なのか、もう少し時間が経たないとわからない。しかし、ハートをわしづかみにされた韓国民も少なくなかったはずで、新大統領のスタートしては上々の仕事ぶりだったと言えるだろう。
新政権が抱える失速の火ダネ
ただし、李在明新大統領の前途が洋々というわけではない。見渡せば、失速の原因となる火ダネはひとつやふたつではない。
まずは内政フェイズから。野党に転落した国民の力など、保守右派の反撃がやむことはないだろう。大統領選で進歩・中道系とされる李新大統領は史上最多となる1728万票を獲得する強さを見せつけたものの、得票率では目標の50%以上に届かず、49.42%にとどまった。
一方、保守系候補の金文洙候補の得票率はせいぜい35~6%との当初予測を大きく超え、41.15%にも達した。同じく保守系の李俊錫候補が得た8.34%と合わせれば、わずかに保守陣営の得票が李新大統領の得票を上回る計算だ。
しかも、保守系の大票田とされるTK(大邱・慶尚北道)、PK(釜山・慶尚南道)、江原道ではいずれも金文洙候補が李在明新大統領に競り勝っている。尹前大統領を擁護し、内乱に加担したと猛批判されたにもかかわらず、依然として4割超の票を得たことは驚く人は少なくないはずだ。一時はそのあまりのポンコツぶりに解体消滅もささやかれた国民の力だが、息を吹き返した感がある。
ここから導き出される答えはひとつだ。保守がひとつにまとまってTK、PKなどの保守地盤を固めれば、十分に勝てる――。
その自信があるかぎり、与党から野党に転落した国民の力が左右の和合を呼びかける李大統領に呼応し、妥協や譲歩の姿勢を見せることはないだろう。国会の内外で今後も激しい抵抗が続くはずだ。
李新大統領は支持基盤の分裂リスクも抱える。大統領選で中道票を取り込もうと、出身母体である共に民主党を“中道保守の党”と宣言し、多数の保守系政治家を入党させたからだ。
そのため、従来からの左派グループと新参の中道保守グループとでは安全保障や経済政策でかなりの差異が生じている。来年には地方選挙、3年後には総選挙が控えている。左派グループと保守中道グループで公認争いなどがあれば、党分裂、集団離党などの内紛が起きてもおかしくない。