変わらない社会で小説が描くべきこと
――そのなかで、山内さんが『すばる』掲載の連載長編「アンダーステア」でAV業界を舞台にした物語を描こうと思われたのは、なぜだったのでしょうか。
山内 直接的なアイデアは、雨宮まみさんのことを考えていたときに思いつきました。もし、まみさんが#MeToo以降も元気だったら、どんなものを書いたかなぁと。どういう視点で性加害のことを書いただろうかと考えていたときに浮かんだアイデアが元になっています。まみさんはAVライター経験があるので、よし、アダルトビデオ業界のことを書こうと決めました。
吉田 序盤を読んでいいなと思ったのは、セックスワークに従事する女性の悲劇性にスポットライトを当てていないところでした。悲劇な現実がエンタメのジャンルのようになることに抵抗があるので。
どうしても、なぜその仕事を選ぶに至ったのか、社会でどんな搾取が行われていたのか、ということがメインテーマになりがちだけど、主人公の蜂矢ユキはむしろ、AV業界のスタッフとして働くことで、加害者側に組み込まれていく。その姿に、はっとさせられるものがありました。
今、とくにXになってからのTwitterには、AVのタイトルだけでなく女優さんの切り抜き動画も勝手にどんどん流れてくるじゃないですか。見慣れすぎて感覚が麻痺しちゃっているところを「それはおかしいよ」と改めて言ってくれることにも意義があるなと思っています。
山内 ありがとうございます! この作品ではセックスワーカーを描くというより、アダルトビデオとは何なのかを、特に前半では掘り下げたいと思っていて。性って文化的なものだから、AVが今の私たちの性を形作ってしまっている部分は大きいと思うんです。
あくまで男性向けの性的ファンタジーという体で作られているものだけど、見る人は男も女もそれを教科書的に受け取ってしまいます。無意識レベルで「セックスのやり方」として学習して、模倣している面もあって。結果、男性向けの性的ファンタジーに女性が巻き込まれて、付き合わされているんじゃないかと。
既婚男性に訊くと本当にセックスレスの人が多いんですけど、性欲はもちろんあるわけで、みんなAVで処理していると言う。つまり、家庭の中のセックスを歪めてもいる。ポルノを制作すること自体が違法というアジアの国もたくさんあるなか、日本のAVが国外でもすごく見られていて、影響力はとても大きい。そういった、AVが及ぼしている思いがけない影響って無数にありそうで、それが何なのかを主人公の蜂矢を通して発見していきたいなと思っています。
吉田 根っこの部分をしゃべりたいな、と思うんですよね。たとえばAV業界のあり方について誰かが批判すると、女優さんから「私の仕事を奪わないでください」と声があがることもあるじゃないですか。
山内 AV新法以降、とくにそうですね。
吉田 批判する人が問題視しているのはポルノにおける搾取の構造であり、女性を性的に扱うことで生まれる蔑視や、今なおなくならない性加害の問題が大半です。本来はその産業に関わる人全ての環境が向上することだと思います。
AVに限らずですが、何か問題がある産業に対して「全て廃止にしてしまえ」というだけでは何も変わらない。当然反発が生まれます。問題が個人の職業選択の自由について議論がすりかわると、収拾がつかなくなってしまう。
人によって何が死活問題となるかは違うのだということも含めて、広い視野で描かれようとしているのも感じられて、この先の展開がとても楽しみになりました。
山内 うれしいお言葉です。AV業界をモチーフに描きつつ、もう少し大きな構造を描きたいなとも思っています。10年くらい前、SNSで女性たちが声をあげる草の根的な動きが活発になり、このまま議論が進めばきっといろんなことが改善されていくだろうという機運を感じていた時期があったんです。でも結局、そうはならなかった。社会を動かしているメインメンバーが男性である以上、女性が声をあげるには限界がある。そういう失望を希望に変えられるような物語を目指しています。
構成/立花もも 撮影/大槻志穂
(『すばる』2025年6月号より)