吉田 まんまなのは、私も思いました。前振りの段階での引っかかる表現諸々が良くも悪くも、観てもらう客層を広げるためな気がしています。本当に観せたいラストや美しいシーンのために、それまでは助走みたいな映画の作り方もあるのかなとも思います。

受け入れられなかった山内さんと、モヤモヤするところもありつつ楽しく受け入れられた私が価値観とか解釈の違いをぶつけあいながら語りあう……そこも含めて映画の楽しみ方のひとつだと思います。

私は色々な解釈を語りあうのが大好きなのですが、今はそういった議論も許されない雰囲気が強いじゃないですか。それが残念だなと思って。

山内 そうですね。フェミニズム映画が隆盛する流れが来ていましたが、『アノーラ』がオスカーを総取りしていったのを見て、バックラッシュ期に入ったのを痛感しました。去年の『バービー』のパージぶりから懸念はしていたのですが、トランプ政権がまた誕生したこのタイミングで、ついに来たかと。アカデミー賞はどんな作品に栄誉を与えるかが、社会的なメッセージになるのに。

吉田 私、今年のアカデミー賞の主演女優賞は『サブスタンス』(2024年、日本公開は2025年5月)のデミ・ムーアなのかなぁと予測していました。映画はまだ観られていないのですが、テーマや描写の仕方が挑戦的で応援したい作品だったので。(※対談後、観に行きました。内容に思う部分はあれど主演女優賞を取って欲しかった気持ちは大きくなりました)

受賞したマイキー・マディソンは本当に素晴らしかったので納得ではあるのですが、今回最多の5部門受賞と聞くと、『アノーラ』だけがよかったんだという声が生まれかねない。

セックスワーカーの女性が道を切り開いていくというストーリーが評価されやすい土壌の、そもそもの歪みみたいなものを考えると、複雑な気持ちにはなりますよね。

これから先、作品がどんどん、まっさらな状態で評価されることが難しくなっていくのはつらいな、と。物語って、誰かが生きていくために書かれているものだから。誰にでも愛される名作ばかりではないのは、あたりまえなんですよ。逆に、あまりに大勢の顔色をうかがいすぎると、誰にも愛されない作品が生まれてしまうし。