吉田 個人的な好みでいうと、去年の(第96回)アカデミー賞で対抗馬とされた『バービー』(2023年)のほうが好きでした。搾取の構造は本当に男女の性別で決まっているのかという問いかけも含めて、テーマの掘り方も一歩先を行っていたと思うんですよ。

でも、おそらく『バービー』が男性にとって心地よく味わえるものではないのだろうなということも観ていてわかってしまった。その結果が、『哀れなるものたち』の4部門受賞。『バービー』は歌曲賞だけ。たぶん、フェミ枠の映画を2本受賞させるわけにはいかなかったんだろうなと、思惑は理解しつつも「なんで?」って思いました。

『バービー』で助演男優賞にノミネートされたライアン・ゴズリングも、監督のグレタ・ガーウィグと主演女優のマーゴット・ロビーがノミネートすらされなかったことに失望している、と声明を出していましたしね。慣例と違っていたとしても、もうひと枠増やせばいいじゃない、と思うんですけど。

吉田恵里香(よしだ・えりか)
脚本家・小説家。1987年、神奈川県生まれ。テレビドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』『恋せぬふたり』(第40回向田邦子賞受賞)『虎に翼』(第33回橋田壽賀子賞受賞)、アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』『前橋ウィッチーズ』など話題作の脚本を手掛ける。おもな小説作品に『にじゅうよんのひとみ』『恋せぬふたり』など
吉田恵里香(よしだ・えりか)
脚本家・小説家。1987年、神奈川県生まれ。テレビドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』『恋せぬふたり』(第40回向田邦子賞受賞)『虎に翼』(第33回橋田壽賀子賞受賞)、アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』『前橋ウィッチーズ』など話題作の脚本を手掛ける。おもな小説作品に『にじゅうよんのひとみ』『恋せぬふたり』など

山内 映画に限らず、賞というのは権力によって恣意的に動くものなので、近年のアカデミー会員のジェンダーバランスが、白人男性優位に偏らないようにしているというのはいいことだと思うんですよ。でも、まだまだ結果にがっかりすることは多くて。今年(第97回)オスカー5部門を受賞した『アノーラ』(2024年、日本公開は2025年2月)も、私は受け入れられなかった……。主人公がセックスワークに就いている背景は一切語られないんです。

アノーラがなぜその仕事に就いているのか、どういう気持ちを日々味わっているのか、アノーラ自身のドラマはなにも描いてない。そのくせセックスシーンにはめちゃくちゃ尺を使ってる。そのセックスも、ヤりたい盛りの若造の相手をしているだけで女性が愛を感じるタイプのセックスではない。

ショーン・ベイカー監督はセックスワーカーをずっと描いてきたそうですが、あまりに掘り下げがないので、頭を搔きむしりたくなりました。『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(2017年)が名作なので期待していたんですけど。

吉田 私は『アノーラ』自体はかなり好きだったんですけど、セックスシーンに尺を取りすぎということは完全同意です。主役に理由を持たせなかったのはセックスワーカーを主役にする場合、「実は家族が病気」とか「親の借金を肩代わり」といった言い訳が必要だった。でもそれ自体、理由がなければセックスワーカーは主役(ヒロイン)になれないという蔑視になるからかなと思いました。

理由は貧困で、様々な感覚がマヒして彼女の日常になっているのかと。でも仰る通り、セックスシーンを削って、彼女が様々なことを搾取されていることに気づいていない、マヒしている描写はあっても良かったのかも? まぁ、そういった諸々の「?」が、もっといえば物語のほとんどが、ラストシーンのための前振りだと思うからなんですよね。

山内 確かにラストは素敵でした。でもあれもユーリー・ボリソフの力だし、『コンパートメントno.6』(2021年)まんまで……。