「コンクリートの壁に1時間くらい頭を打ち付けて…」
ただ、減量の知識がない少年時代の武尊は、試合前に、ほぼ絶食するなど無茶苦茶な方法で体重を落としていた。体重超過の恐怖から深夜にロードワークするなど、再び昼夜逆転の生活になった。さらに友達と隠れて会う罪悪感からのストレスも加わり過食症に陥った。
「当時は食べない減量で身体が飢餓状態になっていたと思います。試合が終わると起きている間は、お菓子や甘い物を中心に自分が食べたい物を食べ続けました。どれくらいの量を食べていたかは記憶にないんですが、とにかく起きている間は、永遠に食べ続けて気持ち悪くなると吐くという繰り返しでした。あと、いくら寝ても眠いんです。なのでいくらでも寝られました」
明らかな過食症と過眠症だった。しかし、当時の武尊はそうした正しい知識もなく、減量の反動だと思っていた。実際は鬱が原因だった。
「後から調べると鬱になるとセロトニンが出にくくなることを知りました。セロトニンを手っ取り早く出すのは食べることなんです。特に糖質は出やすいそうです。だからあの時の僕は空腹を満たす栄養が欲しくて食べていたのではなく、セロトニンを出したくて食べていたことが後になってわかりました」
脳幹から分泌される神経伝達物質の「セロトニン」は、分泌されることで気持ちを穏やかにするという。逆に不足すると心に不調を来たすと言われている。高校も新たに別の学校へ入学したが、メンタルの異変は表面化していった。
「別の学校に入学してからも、夜になるとまた悪い友達と遊ぶようになっていました。でも、友達と遊んでいても全然楽しくなくて、何か月も笑わなくなって、なんで落ち込んでいるかもわからなくて…。死んだ方がいいと思って岸壁から飛び込もうとしたこともありました」
前の高校を退学処分に至った素行不良や夜遊びを「悪いこと」だとは自覚していた。にもかかわらず、当時は道を外してしまった。そして、当時は精神疾患の知識がなく、メンタル不調の原因がわからなかったことも、どんどん心を不安定にさせた。
「なんで自分が辛いか、なんで生きているのか、そう思い詰めて家の屋上から飛び降りようとしたり、部屋のコンクリートの壁に1時間くらい頭を打ち付けたり…そんな自傷行為がずっと続いていました。そんな自分を母親が見つけて病院へ連れて行ってくれたんです」