ポークカツレツととんかつの違い

食にまつわる文章は、それが基本的に「軽い読み物」と見做されることもあってか、既存の本などからの孫引きが繰り返されがちです。結果、それこそこのカツレツ誕生譚のような誤情報は修正なしに取り上げられ続け、いつしか定説となります。

膨大な資料と、そこからの破綻ない演繹だけをもとにその噓を暴く著者には、もちろんそれらを殊更貶める意図はありません。ただそれは真実一路のブルドーザー。まっしぐらに整地されるその路には、ぺんぺん草の1本も残りません。ある意味、最も恐ろしいタイプです。

本書はこのエピソードを基点として、そこからタイトルで投げかけた通りの疑問を解決していきます。そこではまた、各時代で語られてきた様々な伝説の噓も暴かれていきます。なんとあの文豪・池波正太郎氏の、噓とまでは言いませんが明らかな認識不足も指摘されていてびっくりです。

池波にとって薄い煉瓦亭のカツこそが「ポークカツレツ」、ぶ厚いカツレツはポークカツレツではなく「とんかつ」であるという認識のようだ。

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「ようだ」とあることからもおわかりの通り、著者はこれを「誤った認識」であると指摘します。なぜその過ちが起こったかというと、池波正太郎氏は自分が生きた時代より前のことを知らないからです。

これはさすがに池波先生もどうしようもない。欧米から伝わったばかりのカツレツは分厚く、それが次第に薄くなり、その後「とんかつ」の時代が来てまた分厚くなった、それが真相であることが本書では明快に解き明かされます。

池波氏以外の同時代人にもこの(誤った)認識が広がっていたことを示し、一部の証言者だけを取り上げてポークカツレツととんかつの違いを論じることが、いかに危険なことであるかがわかるだろう。

と、結ばれます。