胃はただの「袋」ではない

胃は、ただ食べた物を一時的に貯めておく「袋」ではありません。

胃は、消化の第一ステップであるだけでなく、食欲を司る臓器でもあります。

人は、食べることができないと、栄養が摂れず、力も出ず、免疫だって保たれません。胃を守ることは、「食べる」を守ること。私の外科医としてのポリシーは「食べること」を守るために、「残せないと言われた胃を残す」ことです。

実際、北里大学病院上部消化管外科を訪れた患者さんの多くが、胃を残して回復されているわけですが、ではなぜ、私たちは「がんを治しつつ、胃を残すことができる」のでしょうか。

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元気にもりもり食べられる人と、小食であまり食べられない人の違いは「胃袋の大きさ」とお考えの人は多いのではないでしょうか。

胃袋が大きければたくさん食べられる、逆に、胃が小さいと食べられない──そんなイメージを持っている人がいるかもしれませんが、でも、実際にはそのような事実はなく、胃の大きさは食欲には関係ありません。

生命力の源ホルモン「グレリン」を守れ

同様に、胃がんの手術で、胃を大きく残すほど、術後の食欲も維持できるのかといえばそのようなことはなく、予後を大きく左右するのは、大きさではなくて「どこを残すか」ということです。

胃がんで「全摘しましょう」と言われたとしても、可能な限り残すことを検討すべき「胃の一部」──それは「胃の上部」、および「胃穹窿部(きゅうりゅうぶ)」と呼ばれる場所です。

大きめの餃子ほどの大きさのこの小さな部位こそ、食欲増進ホルモン「グレリン」が分泌される場所です。

胃穹窿部はグレリンを分泌し、グレリンが食欲をコントロールする脳の視床下部に作用することで食欲が刺激され、空腹感が生まれます。

グレリンの約9割が、この胃穹窿部から分泌されるため、ここが残っているかどうかが食欲におよぼす影響はとても大きいのです。グレリンはおもに食べることや日内変動(朝、昼、晩とおなかがすきます)によって分泌量が調整され、胃穹窿部が残っている場合、胃が空になるとグレリンの量が増えて、食べ始めると減少します。

食欲が保たれ、おいしく食べ、栄養状態をいい状態に保つことができるかどうかは、グレリンの有無にかかっています。

手術で残った胃袋がどんなに大きくても、グレリンを分泌する胃穹窿部がなければ、食欲は維持されず、食べるということに障害が生まれます。つまり、生きる活力を守るには、グレリンの分泌を守ることが大事というわけです。