いつも冷静な父に殴られて……
部屋にいる間、瀧本さんは自問自答を続けた。
幼少期のころから振り返り、自分のたどってきた人生を紙に書き出し、「なぜ自分は部屋にいるのか、他の選択肢はなかったのか」と考えたという。
考えることに疲れると、本を読んだり、ゲームをしたり。
当時、熱心に読んだのは芥川龍之介の『蜘蛛の糸』とナチスの強制収容所を生き延びたヴィクトール・フランクルの『夜と霧』。繰り返しプレイしたのは、主人公が苦難を乗り越えて成長していく「ファイナルファンタジーⅥ」というRPGだ。
「僕はおばあちゃんとは違う。絶望的な状態でも、どこかに光があると希望を信じたかったんだと思います」
瀧本さんの両親はともに早稲田大出身で、父は公務員、母は保険の外交員。1人息子の瀧本さんをあまり子ども扱いせず、「換骨奪胎」など難しい言葉をよく口にした。
音楽以外の成績にムラがあっても叱らず、「漢字の読み書きと四則計算ができれば、あとはなんとかなる」と自由に育ててくれた。
そんな理解ある両親でも、ひきこもってから5年ほどは、自分を部屋から出そうとする“空気”を感じたそうだ。
ひきこもった初期のころ、1度だけだが、いつも冷静な父親が部屋に入って来て、何度も拳で顔を殴られたことがある。
「父は我を忘れて殴っていて、このまま殴られまくったら死ねるよなと思いながら、でも、それだと父が殺人者になっちゃうなと思って。僕が防御態勢を取ったら、びっくりして戻って行きました。
そのころリビングに行くと、ひきこもりのことを犯罪者か何かのように書いている記事や本が置いてあって、折り目とか付いていたので、僕をどうにかしようと思ったんでしょうね」
ひきこもって5年が過ぎたころ、瀧本さんは家の“空気”が変わってきたことに気がついた。さらに、ある出来事に背中を押されて、ついに部屋から出る決心をする――。
〈後編へつづく『「ひきこもりは人間としてはエラーなのか」人を殺さないようにひきこもった男性が経験した社会復帰への苦悩』〉
取材・文/萩原絹代