トイレをアイヌ語ではなんと呼ぶか

ところで、トイレはただ地面に穴が掘ってあるだけですので、用を足していくとどんどんたまっていきます。昔の和人のトイレも同じ構造でしたが、糞尿がたまって来たら近郊の農家の人たちが汲み取りに来てくれたものでした(後にはバキュームカーになり、さらに水洗になってそんな光景も見なくなってしまいましたが)。

それはもちろん、たまったものを下肥(しもごえ)として畑の肥料にするためです。しかし、アイヌも昔から畑作りをしていましたが、下肥を撒くことはしませんでした。畑の作物はみんなカムイで、カムイは汚いものが大嫌いですから、汚い下肥などを畑に撒くのはとんでもないことだったのです。

では、アイヌの昔の家屋の場合、トイレがいっぱいになったらどうするのかというと、他のところに穴を掘って、また新しくトイレを作ったのだそうです。

そこで私が考えたのは、トイレのことをアイヌ語でアシンルと言うのはなぜかということでした。アシンルの語源には諸説ありますが、私はアシㇼ「新しい」ル「道」だと思っています。小さいㇻ行音はラ行音の前ではンに替わるのがアイヌ語の発音の規則なので、アシㇼルは、アシンルとなります。

そして、トイレの意味を直接的に表しているのはルの方。なぜなら、男性用トイレのことをオッカヨ「男」ル、女性用トイレをメノコ「女」ル、トイレのカムイのことをルコㇿカムイ、つまり「ルを管理する」カムイと言うからです。でも「道」を表すルがなぜトイレの意味になるのでしょう?

これはたぶん婉曲(えんきょく)語法――つまり直接指すのを避ける言い方です。日本語でも便所というような直接的な言い方はなるべく避けて、お手洗いとか、外来語であるトイレなどの言葉を使うのが普通です。つまり、それとわかるような遠回しな言い方ですね。

トイレのことを「道」と呼ぶのもそのような婉曲語法だと思います。外にあって、毎日みんなでそこに通っていたら、当然そこには道ができます。そして、トイレがいっぱいになって新しいトイレを作ったら、そこにまたアシンル「新しい道」ができるわけです。