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「俺が兄を背負えばいいんだろう」

間野さんが結婚したのは43歳のときだ。相手は4歳下の会社員女性。ひきこもる兄のことを打ち明けて、「経済的な負担が増えるかもしれない」と話しても、妻は「別にできる範囲のことしかできないし、私は気にしない」と言ってくれたのだという。

もともと子ども好きな間野さん。結婚してすぐに不妊治療を始めたが授からず、5年で貯金が尽きた。

大みそかに子どもをあきらめる決断をして、正月に2人で帰省。妻もいる前で10数年前にデザイナーとして独立した際に「郵便局を継げ」と言われた話を蒸し返し、ずっと消えなかった怒りを父親にぶつけた。

「不妊治療をやめたら、僕の中では人並みの人生をあきらめたというか、1つ道が閉ざされた感じがしたんです。それで、どうしても我慢できなくなって、父親に言いたいことを言った。そうしたら、なんか吹っ切れたんです。『俺が兄を背負えばいいんだろう』って、頭が切り替わったんですよ。

もし、妻が兄のことを気にしていたら、僕も肩に力が入ったままだったかもしれない。だけど、妻は全部知った上で、妙なラベルを貼り付けたりしないで兄と普通に接してくれたんです。妻には本当に感謝しています」

ひきこもりの兄を持つ間野成さん(57歳)
ひきこもりの兄を持つ間野成さん(57歳)
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父に謝罪され、憎しみが蒸発

その年の11月に1人で帰省した際、台所でコーヒーを淹れて飲んでいたときのこと。父親が間野さんのそばに来て、直立不動のまま言った。

「今まで苦労かけてすまなかった」

あまりに唐突で、その瞬間は何を言われているのか実感がなかったが、時間が経つにつれて、じわじわとその言葉が沁み込んで来たという。

「別に、父親が謝ってきたから俺が勝ったということでもないし、許したってわけでもないんだけど、謝罪されて憎しみが蒸発したっていう言い方が適切かな。兄がひきこもった原因を父に求めたことで憎悪の気持ちも積み重なっていったけど、父親としては好きなんです。子どものころスキーにいっぱい連れて行ってもらった楽しい思い出もあるし。

父に対する憎しみが消えたと同時に、兄のことを重荷だとか、負い目だとか、恥だと思う感情も消えたんですよ。自分でも不思議なんですが」

間野さんに謝ったことで父親自身も心境の変化があったのか。それまで話したこともなかった、戦時中に自分が所属していた部隊についてなど、父が大切にしている思い出話を細かく語り始めたそうだ。