一日の労働時間は20分
野手の試合前打撃練習は1チームで1時間20分。この時間内に設営された2つのバッティングゲージに入れ代わり立ち代わりで打者が入り、日々の打球感覚を調整する。
そのボールを投げるのが打撃投手(バッティングピッチャー)の仕事だ。各球団、基本的に1軍に左右4人ずつ8人の打撃投手が在籍している。2つのゲージのうち1ヶ所は右投げの打撃投手が、もう1ヶ所は左投げの打撃投手が投げるため、打撃投手1人あたりの投球時間は「1時間20分(80分)÷4人」で20分。
球拾いや練習のサポートもするが、ほかに兼任の仕事をしていない限り、彼らの一日の仕事はこれで終わりだ。
「1日の労働時間が20分⁉ なんてラクな仕事なんだ」
そう思う人もいるかもしれない。しかし……。
「みんな1年契約だから、打者が練習にならない球を投げていれば1、2年で球団からクビを言い渡されることもあります。私も何人も辞めていく人を見てきたので、簡単な仕事じゃないのはたしかです」
54歳、球界でも最年長の域に入るベテラン打撃投手の濱涯さんは、この仕事の難しさをそう話す。
濱涯さんは小学1年で硬式野球を始め、投手として地元鹿児島県の強豪・鹿児島商工(現樟南)に進学。甲子園の出場経験こそないが、制球力含めてその完成度を関係者の中で高く評価されていた。
熱心な誘いを受けて進んだ九州国際大学4年時には、九州六大学野球の春のリーグ戦で全10試合に完投勝利し、115奪三振という32年経った今でも破られていない記録も樹立している。
そうして1992年のドラフト会議、当時の福岡ダイエーホークスからドラフト3位で指名を受けてプロの世界へ。
だが、憧れのプロ野球選手としての生活は7年間と決して長くはなかった。通算58試合に登板し、1勝1敗1セーブ。1999年、戦力外通告と同時に球団から提案されたのが打撃投手という新たな仕事だった。
「現役続行かどうかを悩みましたが、戦力外通告のタイミングが少し遅くて他球団の編成が終わってしまっており、受け入れてもらえる球団はありませんでした。
打撃投手という仕事があるのはもちろん知っていたし、野球界に携わっていけるのであれば……と、もうそこは割り切って」