打撃投手の最大の敵“イップス”
こうしてセカンドキャリアが始まった濱涯さん。しかし、“抑える仕事”から“打たれる仕事”になったことへの葛藤はなかったのか。
「あまりなかったですね。とりあえずストライクを投げればいいと簡単に考えてましたので」
コントロールに自信があるからこその言葉だろう。そのなかで、打撃投手の難しさとはいったい何なのか。
「打撃投手の球速は100~110キロだから、最初はみんなスピードを殺すことに苦労します。しかも、ただ遅いだけじゃなくてスピンのきいた遅いボールでないと意味がない。
でも元プロの投手が指にかけるとどうしても速くなっちゃうから大変なんです。
僕はもともと遅かったんで問題ありませんでしたが(笑)」
そう言って大学リーグの奪三振記録保持者は笑う。
さらに厄介なのが、打撃投手の最大の敵と言われる“イップス”だ。
濱涯さんは著書の中で「私の感覚で言うと、もし打撃投手が100人いたとしたら、半数の50人がイップスになり、うち半数の25人が打撃投手をやめてしまう、それくらいの頻度で発生しているように思います」と書いている。
「ストライクを投げないといけない、バッターに気持ちよく打たせないといけないというプレッシャーからなることが多いですね。デッドボールを当ててしまってからおかしくなる打撃投手もいました。
今はそんな選手はいませんが、昔はストライクが入らなかったり打ちにくかったりするとゲージをバットで叩いたり、まだ時間が残ってるのに打撃練習を切り上げたりする怖い選手もいて、それでイップスになる人もいましたね」
想像しただけで胃が痛くなる。
濱涯さんは打撃投手となってデッドボールを当てたことは一度もない。内角に投げなきゃいけないケースでも、「(もし体に向かっても)自分の球なら避けられるでしょ」と考えているという。
「打撃投手は繊細な人よりも、神経が太い人のほうがいいかも。私も“なるようになる”と思ってますから」
濱涯さんにとって、理想の打撃投手とは何なのか?
「理想は同じコースに同じスピードで投げ続けられること。打撃投手はそれを目指してやってるけど、なかなかそうはいきませんね。
だったらマシンでいいじゃないかという人もいますが、人間の投げた球とは質が違うと思いますし、“バッターが何を求めているか”までマシンはわからない。
野手は毎日同じバッティング練習をするわけじゃなくて、その日その日で試したいことがあって、いろいろと考えながら打っている。それを言葉で交わさないまでも察知してあげて、応えてあげるのも打撃投手の仕事だと思うんです」