東出昌大という人物に惹かれる一方で抱く不可解さ

朝8時、山あいに男の声が響き渡る。

「〇〇さ〜ん、いつでもど〜ぞぉ〜」

少し鼻にかかったような、どこか甘さを感じる声。姿は見えなくとも、声の主は東出昌大だとすぐにわかった。名を呼ばれた編集者は、すぐさま大声で了解の意を返す。

東出が今、拠点としているのは北関東の、ある山中の廃屋になりかけている家だ。地元の人の厚意で無償で借りているというその場所は標高が高いため夏は涼しく、冬は雪に覆われる。

大きな家だが、使っているのは主に軒先のトタン屋根の下、調理場を兼ねた野外食堂のようなスペースと、周囲の空き地だけだ。水は近くの沢から引き、火は屋外用のかまどに薪をくべておこす。また、空き地には野菜を自給自足するための畑を作り、さらには現在、小ぶりな山小屋を自力で建設中だ。

東出が自身で建てている完成間近の山小屋
東出が自身で建てている完成間近の山小屋
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付け加えると、周囲の野っ原は野外トイレでもある。大便の場合はシャベルで穴を掘り、土の中に還す。いわば、ナチュラルな循環式トイレだ。

その日、東出が希望していた取材開始時刻は午前9時だった。われわれ取材班は前日、川を挟んで東出の家から百メートルほど離れた位置にあるキャンプ場のバンガローに宿泊していた。

空から東出の声が降ってきたのは屋外の囲炉裏を囲み、川のせせらぎに耳を澄ましながらモーニングコーヒーを飲んでいるときだった。

取り込まれてはならない——。

東出を取材するにあたり、私と編集者とカメラマンの3人は、事前に何度となくそんな決意を立て合っていた。移動中の車の中でも、前日の晩、夜遅くまで火を囲みながら「東出論」あるいは男の人生論を語り合っているときも。

2020年のはじめに女性スキャンダルを報じられた東出は、そこから一転、世間の「嫌われ者」になった。その約2年後、世間から逃れるように山暮らしを始めた東出の映像や記事に触れるにつけ、あるいは出版界で伝え聞く東出の噂話を聞くにつけ、正直なところ、東出という人物に惹かれる一方で、不可解さも抱くようになっていた。ごくシンプルな表現を使えば、わからなくなっていた。

彼はなぜ、メディア嫌いにならないのか。そこが最大の謎だった。