「俺のことわかる?」恋人を奪った犯人との対峙
アクリル板越しに向き合い泰蔵が鋭く睨みつけると、戸倉は驚いたような表情を浮かべた。しかし「誰ですか?」などの質問はもちろん、「えっ?」などとも感情を言語化はしない。終始無言のままだ。
「だから『俺のことわかる?』って聞いてやったんです。言葉が乱暴になったのは、恋人を殺した相手に敬語を使うのも嫌だったので」
「反応はありましたか?」
「何も答えなかったから、『わかんないんだ、まあいいや』と質問を切りました。そして畳みかけました。『全部話した?』『検察や弁護士に話してないこともあるんじゃないの?』って。答えないまでも、だんだん形相が変わってきましたよね。
驚いた顔から、ちょっと眉間にしわを寄せ気味な感じに。僕が負けじと睨み返すと、視線を逸らして目が虚ろになっていった。だから僕は、逃げるなよと言わんばかりに相手を覗き込み、目を合わせ続けたんです」
恐らく戸倉は理沙の兄弟か彼氏などの親しい人物と感づいたことだろう。それは戸倉が、面会時間の15分を待たずに泰蔵の視線を遮るかのごとく刑務官に「すいません、面会を中止してください」と告げたことでもわかる。
「顔を背けながら席を立ち、うつむいたままで言ったんですよ。戸倉が発した言葉はこれだけです」
謝罪はもちろん、日常会話に付き合う構えもない。果たして泰蔵は、戸倉の虚ろな目の奥に自分が助かるためなら裁判で嘘の証言を厭わない無慈悲な素顔を見る。
収穫はなかったが泰蔵は、真相を追い求める思いをさらに強くした。
「理沙の身に起きた真実を知りたい。ただそれだけ。あのとき、彼女の身に何があったのか。なぜ理沙は戸倉に殺されなければいけなかったのか。真実は裁判所の記録にもない。全ては犯人が持っている。あの男だけが本当の理由を知っているんです。自分は事件以来、常に真相を追い求めるべきか否か、早く忘れて気持ちも新たに食えるような役者を目指す、それを彼女も望んでいるのではと自問自答を繰り返してきました。でも結論は真相を追い求めることでした。悩めば悩むほどその思いを強くしたのです。道しるべになったのは、たった一つ。理沙が大好きだからです。その気持ちに嘘はないから、間違いじゃないと、彼女もそのことは否定しないと信じています」
面会はわずか6分ほどで終了。戸倉は逃げるように部屋を後にした。
(文中敬称略)
写真/『事件の涙』より